2008年04月23日

難波田城公園 埼玉県富士見市

難波田城跡

難波田氏は武蔵七党の金子氏の流れです。

河越夜戦で没落すると後北条氏の知行地となり、支城として整備されました。

後北条氏が小田原征伐によって敗れると廃城になりました。

 

 

先ずは資料館に入りました。

 

良く整備されていますので、散策するのに便利です。

たしか末裔に画家さんがいたと何かに書かれていました。それ以上は思い出せません。

変わった苗字ですから、難波田の姓を名乗る人は、一族なのでしょう。

難波田龍起氏と思います。

 

旧金子家

市内の水子からの移築です。

旧鈴木家

 市内針ヶ谷から移築されました。

 

鯉のぼりありました。良いときに言ったと思います。

 

難波田城跡公園 埼玉県下南畑568−1 地図

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甲子大黒天石灯籠の北斗星・妙見霊神 埼玉県富士見市

富士見市の甲子大黒天石灯籠には、日本最古の子待塔(ねまちとう)だそうです。

天和元(1681)年の造立の「石灯籠に北斗星・妙見霊神、他にも甲子大黒天、大王寺(と思う?)等」の文字が見えます。

 

 

 

 

 

甲子大黒天石灯籠 埼玉県富士見市水子字北側

 

水子貝塚公園 埼玉県富士見市

富士見市の水子貝塚公園です。

他の用で前を通ると目にしましたので、見学を致しました。知ってはいましたが初めての場所です。

古代は新河岸川の東側は海でした。約5500年前、この貝塚のある時代も海です。

 

小学生が見学に訪れていました。水子貝塚資料館の係員に説明を受けているようです。

 

建物が復元されています。

公園施設概要リンク

 

詳細は下の図を参照して下さい。

 

中に入って見学です。中で生活している状況をみられるのは初めてでした。

たの場所に犬も埋葬されていましたので、犬と生活していたことが明らかなようです。

 

水子貝塚公園 埼玉県富士見市大字水子2003−1 地図           

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