2020年06月20日

真言宗智山派 伝蔵院 宝篋印陀羅尼板碑 石仏 埼玉県寄居町金尾

伝蔵院は金尾氏の館跡です。裏の金尾要害山は後北条氏の支配する鉢形城の支城だったようです。

 

ここも秩父事件の集合地だったのですね。

宝篋印陀羅尼の板碑が、他にあるのだそうですが、検索しても見つかりません。

 

 

上部に梵字オン・ア・ビラ・ウン・ケンの周りに、光明真言が彫られています。

光明真言供養塔の一つです。

 

 

下段は一切如来心秘密全身舎利宝篋印陀羅尼経(宝篋印陀羅尼)が彫られています。

 

 

この陀羅尼が彫られている板碑は、初めて見ました。

文化15(1818)年(文政元年)の建立です。

 

 

庚申塔も立派です。

 

琵琶弁財天

 

本堂裏に向かうと、歴代住職の墓がありました。

 

 

 

 

 

こちらも光明真言供養塔と思います。

 

 

さらに裏に行けば、金尾要害山城に出られます。整備されており、見晴らしが良さそうですが、かなり登るようですので軟弱な私はパスしました。

金尾山つつじ公園となっており、駐車場もありましたが、駐まっている車はありませんでした。途中、なにかあっても人がいなかった可能性があります。

 

伝蔵院 埼玉県大里郡寄居町大字金尾216 地図

 

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白鬚神社 埼玉県寄居町金尾

新編武蔵野風土記によると、江戸時代には妙見菩薩が祀られていたとありました。

次に行く伝蔵院の神社でした。

私が調べている妙見菩薩の関係で、一度お参りに来ているのですが、資料に入れるのを忘れていました。妙見菩薩資料集リンク

 

 

神社参道より見る「新寄居橋」

 

昭和22年に寄居橋が架けられるまで、「殿倉の渡し」がありました。

さらに昭和61年、現在の吊り橋が完成致しました。

 

 

境内社の中には、妙見社はありません。

伝蔵院に祀られているのかも知れないと思ったのですが、確認できません。

 

 

伝蔵院は金尾氏の館跡で、城山が後ろに控えていました。

この地は、地域の産業を支えると交通の要衝として、また北条氏の重要な場所だったのでしょう。

 

白鬚神社 埼玉県寄居町金尾255-1 地図

 

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