2020年11月10日

浅間神社と浅間塚 埼玉県飯能市

この地域は開墾されるまで、大木の茂る林が多かったようです。

この地区を開墾した当寺檀家さんに聞くと、何度も頭を抱えたそうです。

 

塚と伝えられていますが、元々は古墳だったようです。

また千人塚と言われたこともあったのは、正治元年(1199)に丹党の青木氏戦死者を葬った所とも伝えられています。

しかし大字青木からは離れすぎているような気がします。青木氏が広い範囲で支配していたのかも知れません。

 

 

広い水田の多い地区と異なり、田んぼの少ない飯能の区域では、由緒ある豪族の末裔としても、大きな勢力を持ち得なかったと思います。

 

浅間神社は近世に富士信仰が盛んになり祀られました。

 

 

浅間神社は飯能市双柳の浅間地区が持っています。

 

 

まだ幾つかの古墳があったようですが、残されているのはここだけです。

飯能市には数少ない古墳の一つのようですが、明らかなことは分かりません。

 

車を駐める場所がありません。写真を撮り、お賽銭と手を合わすだけで帰りました。

 

浅間神社 浅間塚  埼玉県飯能市双柳1162-2  地図link

 

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