円泉寺便り

曹洞宗 龍雲寺 東京都青梅市

時折、龍雲寺の前を通るのですが、いつもは境内の成田不動堂を参拝するばかりで、御本堂参拝はまだでした。

 

 

御住職がおられ、親切に扉を開けていただきました。

蓮の頃、もう一度訪れたいと思います。

 

 

少しだけ、お話をさせていただき、枯山水の庭園を撮影させていただきました。

 

 

観音堂と不動堂は、道を隔てて南側にあります。

 

 

成田不動堂のいわれを聞くのを忘れていました。

この寺は曹洞宗です。

成田山は当寺(円泉寺)と同じ真言宗智山派に属しています。

 

 

成田山は宗旨に関係なく、多くの方が参拝しています。

ここも地域の方々が、江戸時代に御尊像を勧請したのでしょう。

 

龍雲寺 東京都青梅市黒沢1丁目519 地図link

 

 

戸田斎場の阿弥陀如来 板橋区舟渡

何度か戸田斎場に来ていますが、一番気になるのは阿弥陀如来の仏像です。

ここから先の火葬場は、撮影禁止でした。

念のため近くにいた職員に撮影の許可をいただきました。

 

 

 

由来は分かりませんが、由緒ある御尊像に違いありません。

お賽銭をと思いましたが、財布を持ち合わせてなく、手を合わせただけでした。

 

駐車場には、おそらく地蔵菩薩と思われる石仏が祀られています。

 

 

 

こちらも手を合わすのみでした。

もし次に来られる機会があれば、お賽銭を手向けるつもりです。

 

 

滝承天猊下の書 「佳境」

大正15年に書かれた、智積院能化・滝承天猊下の書「佳境」です。

 

 

 

 

 

おそらく智山派末寺檀家さんの家に伝えられていた掛軸と思います。

良い書を手に入れることが出来ました。

 

滝承天猊下

愛知県に嘉永6(1853)10.8生まれました。

甚目寺にて得度。

明治12年に智積院の一山庶務を担当しました。

明治27年、神照寺住職、  明治29年に大須宝生院兼務。

明治39年、長久寺住職。

大正5年、真言宗智山派管長・智積院化主に就任。

昭和8年、川上貞奴が建立した貞照寺の第1世にもなられています。

昭和16(1941)9.11、89歳にて遷化されました。

 

 

三神快運猊下の書「緑帳庭龍晩涼多」

真言宗智山派総本山智積院能化47世・三神快運猊下1836年(天保7年)~1905年(明治38年)の書「緑帳庭龍晩涼多」です。

私は智山派の末席に繋がる住職ですが、私が生まれる46年前に遷化されています。

 

 

恥ずかしながら「緑帳庭龍晩涼多」の意味が分かりません。

一文字一文字は分かるのですが、情けないことです。

豊かな木々に囲まれ、よく手入れをされた庭園にて、夕涼みを楽しむ情景かとも思います。

 

 

三神快運猊下は越後出身です。

1836年(天保7年)に生れ、1843年(天保14年)越後築地宝持院(現在智山派)で出家、1852年(嘉永5年)智積院で学びました。

1857年(安政4年)徳島や淡路などで学び、諸流を伝授した後に郷里に帰っています。1868年(明治1年)宝積院住職となりました。

1880年(明治13年)から宗務を担当し、化主に随行して巡錫しています。

1897年(明治30年)4月2日、智積院化主(46世)。大学林主管、真言宗長者(東寺247世)を兼ねました。

1899年(明治32年)2月13日隠退して大報恩寺(京都市)に隠居。のち宝積院に帰り、1905年(明治38年)5月7日70歳にて遷化されています。

 

天台宗 報恩寺 東京都青梅市

青梅市内では天台宗寺院は、ここのみです。

弘仁13(822)年に延暦寺の僧亮海が開創したと伝えられている古刹です。

 

 

地蔵堂には延命地蔵が祀られています。

脇の庭園は良く整備されており、ツツジか五月の咲く頃に訪れると良いでしょう。

 

 

境内裏手には七福神が祀られていました。

青梅七福神札所とは異なり、報恩寺のみの御尊像です。

 

 

この中では弁財天が一番印象に残りました。

 

 

報恩寺鎮護のために比叡山の日吉山王権現を勧請しています。

現在の東隣にある常盤樹神社です。

 

 

報恩寺  東京都青梅市今寺1丁目540 地図

 

福伝寺 地域の共同墓地 東京都青梅市

狭い境内でしたが、よく整備されていました。

丁度植木屋さんが、手入れをしています。

 

墓地に真言宗の卒塔婆が多くありましたので、真言宗系の寺院だと思いました。

しかし、他宗派の塔婆もあります。

 

 

ここのお墓を利用している方に聞くと、昔の歴史は分からないが、地域の人の使用する共同墓地とのことでした。

塔婆を見る限り真言宗が多く、他宗旨もあります。

中には神道もあるそうです。

 

 

往代住職の墓に案内していただきました。

しかし、墓石の文字を視ると多くが浄土宗系の住職名と思われます。

青梅市には浄土宗と近くに浄土系の時宗寺院があります。

関連の境外仏堂であったのかも知れません。

 

 

 

記念碑は天台宗報恩寺住職が書かれいました。

御堂を修復した折に、報恩寺に読経を依頼したためなのだそうです。

 

阿弥陀堂

 

新編武蔵野風土記で調べてみましたが、福伝寺は記載がありませんでした。

 

甲子大黒天 真言宗霊雲寺派・西浄寺 河鍋暁斎ねずみの図 埼玉県狭山市

狭山市に甲子大黒天(きのえねだいこくてん)の寺院があることを知り、参拝して参りました。

天文5年(1740)に霊雲寺の末寺となっています。

霊雲寺派の寺院は数ヶ寺は知ってはいますが、調べても多くありませんでした。

 

 

御本堂の紋を見ると、なんと「葵紋」でした。

 

 

御住職の大黒さん(奥様)に聞くと、御本山霊雲寺の宗紋が葵の紋なのだそうです。

徳川綱吉から現寺地を得て、霊雲寺を開創したことにより、宗紋となったそうです。

真言律宗の関東本山としてだけでなく、徳川家の祈願寺でした。

霊雲寺ブログlink

 

案内板にもありますが、宝篋印塔は徳川吉宗の二男である田安宗武により建立されました。

 

 

 

江戸期には霊験あらたかな大黒天様への参拝が盛んでした。

しかし、格式の高い霊雲寺派は檀家を持たない寺院が多く、明治以降苦しい時代を迎えてしまいました。

 

 

 

ある人はいろいろな自分好みの寺で七福神札所を作っていると、話していたことを思い出しました。

お正月は、それらの七福神札所を巡っているそうです。

ここなども候補に入れて、自分だけの七福神札所を考えるのも面白いでしょう。

 

後で気がついたのですが、西浄寺には河鍋暁斎が訪れ、多くの作品が残されています。

当時の住職・林法泉師は暁斎の弟子でした。林法泉ウィキペディアlink

 

暁斎の「ねずみの図」です。

現在は狭山市立博物館に寄託されています。

 

 

 

この図と同じ図柄の掛軸が、当寺(円泉寺)にあります。

大黒天は描かれていませんが、大黒天の小槌をネズミがお正月前に大掃除している場面です。

円泉寺の河西草畝筆の「遊福の図」です。

まったく同じ図柄であることが分かると思います。

河鍋暁斎の絵か、他の方が書かれた他の作品を元に描かれています。

ひょっとすると西浄寺で描いたのかも知れません。

 

 

西浄寺墓地は昭和56年にもうけられました。

祈願寺としてだけでは、寺院経営が厳しかったのです。

奥様は霊雲寺に勤務していました。

しかし、コロナのため週一回行くだけになっていると話していました。

腰の低い、明るい奥様です。檀家さんに頼られているに違いありません。

 

 

真言宗霊雲寺派 西浄寺  埼玉県狭山市柏原1059 地図リンク

河鍋暁斎展 サントリー美術館にて ブログlink

 

 

かにや工場店 埼玉県狭山市

「かにや」は入間市、狭山市を中心に11店舗あります。

私が普段買い物をするのは、ごくたまに行くだけですが、飯能店か高麗川店です。

土産以外に家内からは「あんみつ」を頼まれることがよくあります。

一番知られているのが「ケンキ」だと思いますが、他にも色々な菓子があります。

今日は土産に羊羹を買いました。

 

 

工場には街中で見かけるトラックが止まっています。

 

 

店内は、どこも共通した雰囲気があります。

 

 

 

 

 

 

「かにや」のロゴは、たしか八王子市の大本山薬王院元御貫主「山本秀順猊下」が書かれたように聞いています。

山本猊下は狭山市の出身です。

 

 

 

かにや工場店  埼玉県狭山市柏原337-13 ホームページlink

 

ぷらっと飯能 飯能駅構内 埼玉県飯能市

西武池袋線飯能駅構内の観光案内所「ぷらっと飯能」を覗くと、渋沢平九郎の等身大パネルがありました。

ついつられて覗くと、女性職員さんが気軽に対応してくれました。

 

 

飯能市を訪れる方々も、NHKテレビで放映されている大河ドラマ「青天を衝(つ)け」を視た人が、このパネルの横に並んで記念撮影をするそうです。

 

 

たしかに良い記念になると思います。

私も円泉寺以外にブログを書いていますが、いつも以上に読んでくださった人がいました。

テレビを殆ど見ていませんので、平九郎が人気であることを知りませんでした。

渋沢平九郎 飯能と越生ブログlink

 

 

この横に立てば、良い記念写真になるでしょう。

ここでは土産に市内「すだれや」の栗どらを買いました。

 

 

駅切符売り場の横が、「ぷらっと飯能」です。

 

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