円泉寺便り

境内の紫陽花

境内の紫陽花が、見頃を迎えています。

アチコチにありますので、この花だけで見事と言えないだけでなく、勢いのない木もあります。

 

これは鉢植えです。咲き終わる前に移植しようと思います。

 

妙見堂東側の紫陽花は、日陰であることだけでなく、肥料を肥料を施していないため、わびしげです。

 

 

御本堂で神式の祭礼と巫女舞

本日は天神社の月次祭なのですが、前々より雨の予報でした。

今回は女性の神職さんにより祭祀が行われ、お仲間の巫女さんによる巫女舞が予定されていました。

神社が小さく、儀式や巫女舞は外で行うことになります。取りやめになっても仕方がなすのですが、御本堂に天神さまをお祀りし、行うことに致しました。

 

神仏習合の時代であれば、当たり前だったと思います。

数十年前に、京都の清水寺と石清水八幡宮などで、合同の祭礼が行われて以来、各地の神社仏閣でも共同で行われています。

埼玉では妻沼聖天山での開扉法要で、近くの神社による儀式が行われています。

 

顔出しOKと言われましたので、お一人だけは目隠しなしです。

 

儀式が始まりました。

先程まで笑顔でしたが、キリッとした面差しで行っています。

 

今回は雨のため、少ないお参りでした。

前もって巫女舞のことを話しておくこと、予定をホームページやブログで知らせておけば良かったと思いました。

 

巫女舞が始まりました。浦安の舞だそうです。

天神社では、以前も行われました。

 

普段は玉串奉奠が行われるのですが、今回はお寺ですので、全員がお焼香を行いました

天神社宮司より、きれいな所作に見えました。怒られるかな?

 

この女性は、ある県の神社宮司となるはずだったのですが、女性であると横やりが入り、他の人が宮司となったと話しています。

今でも女性宮司では、難しい地域もあるようです。

 

巫女舞の『やまとおとめ』のホームページです。

    やまとおとめ

 

深大寺参拝 東京都調布市

深大寺は、天平五年(733)の開創と伝えられています。

ズッと以前に深大寺に行った頃は、茶店もそば屋もズッと少なく、参拝者も少なかったと思います。

東京都は思えないほどの緑に囲まれています。

八王子の高尾山も緑が多いのですが、里と山の違いがあるとしても、趣がかなり異なります。

 

まず御本堂に参拝です。

 

元三大師堂では、御祈願中でした。

御朱印の方も次々に訪れています。

 

私の今日の目的は、お釈迦様です。

釈迦堂では、国宝の白鳳仏・釈迦如来像が拝めます。リンク

 
同じ時期に作られた、法隆寺夢違観音像と新薬師寺香薬師像の模造が祀られていました。
明らかに同じ工房で作られたと思われる同時代の仏像で、お顔も似ていますが、使用される金銅の成分も、驚くほど似通っているようです。
 
延命観音は昭和41年、秋田県の象潟海中から引き上げられた石に彫られています。

スポットライトに浮かぶ観音様は、穏やかなお顔をしています。

 
深沙堂の御本尊は秘仏です。
この地には豊かな池が多くあったようです。そこに水神である王(じんじゃだいおう)を祀ったのが寺名の起こりです。
深沙大王とは西遊記で知られる沙悟浄です。
 

門前街には鬼太郎茶屋がありました。

懐かしいお化けのキャラ製品が、たくさん売っていました。

私は見るだけです。友人達はなにか物色していました。

大國霊神社参拝

12日参拝

仲間は半袖、私は重武装での参拝でした。前日身体を冷やし、風邪一歩手前でした。

 

女性が池に人形を流していました。

 

仲間も一人流しています。珍しいこともあるモノです。

 

 

あじさい祭り 谷保天満宮 東京都国立市

今年に二度目の参拝です。

 

前回来たときには、杜の中にしか鶏がいませんでしたが、今回は拝殿前にもいました。

 

紫陽花祭は、前に行った高幡不動に比べれば、規模が小さいですが、日当たりが良いせいかよく咲いています。

もうしばらくすれば、より色が濃くなるのでしょう。

 

境内の厳島神社の池には、白いスッポンがいました。アルビノのようです。

 

駐車場に戻ろうとすると、沢山の鶏が集まっていました。

昼前でしたので、エサを待っているのでしょう。

 

菩提樹の花が盛りです

先日から黄色い花が一気に咲き出しました。

 

もう少しすると、さらに昆虫が蜜や花粉を集めに来るのでしょう。

 

もう数日すると、次々に花が落ちてきます。

一面黄色いジュウタンになります。

紫陽花の高幡不動 東京都日野市

春に高幡不動などを仲間と数寺社をお参りしましたが、一人行けませんでした。

行けなかった仲間と、まだ早かったのですが、今回は紫陽花に合わせて行くことにしました。

 

弁天堂回りの紫陽花です。

 

今回は全て廻らず、北側の半分だけです。

 

かなりの人が出ています。

 

段々花も見頃になり、今度の土日は、かなりの人出となるでしょう。

真言宗智山派別格本山 高幡不動金剛寺 東京都日野市高幡733 ホームページ    地図

 

重要文化財 平山家住宅 熊谷市樋春(ひはる)

ここは中世の館跡だそうです。

平山家の先祖は天正18(1590)年、深谷城落城後にに土着し、代々世襲名主を務める旧家となりました。

この建物の前に新しい住宅があり、現在はそちらに住んでいるようですが、まだ使用されているようです。

かつては樋春は樋口(ひのくち)村と言い、荒川の水を松材で作った樋管から、流域十数ヶ村に用水を通す樋の口のあった場所でした。

樋管と用水路の管理は、平山家の重要な仕事だったそうです。

ここまで立派な江戸時代の建物は少ないですが、規模は違っても私の子供の頃にはいくらでもありました。

 

 

館跡の堀なのか、低地ですから後世の堀なのか不明です。裏はかなり広い屋敷林です。

周囲は一面の水田だったのでしょう。すぐ裏はしばらく行くと荒川ですので、林の北側には深い堀がありました。用水かもしれません。

 

かつては長屋門もあったようです。

 

庭まで車で入って良いのか分かりませんでしたので、少し広がった道ばたに駐めさせていただきました。

平山家住宅 埼玉県熊谷市樋春974-8  地図

俵薬師 埼玉県深谷市

平将門公関連の仏様(二代目)を祀る寺の住職としては、何故行ったと言われかねません。

反将門公関連も調べています。

佐藤家と千葉家が結婚するなとする人はいないでしょう。←意味分かりますか?

 

ここでは平将門公が謀反を起こしたとありますが、中央の歴史です。

 

阿弥陀如来線刻の板碑が祀られています。

 

ガラスが反射して中が写せません。

板碑は観応元(1350)年と彫られているようです。

狭い境内ですが、沢山の石塔が祀られていました。

 

カーナビでは表示できませんでした。

字名は異なりますが、北側にあるグランドをめざし、ここに車を駐めました。一番の東側です。

表示は、まだ川本町のままですね。2006年に深谷市になっています。

止めた場所の道を隔てて南側が、俵薬師です。

 

ヤフーブログの移転先

ヤフーのブログが無くなります。
そのため、かなりの数のブログを円泉寺ブログに移しました。
今後はブログは主に、円泉寺ブログとなります。
 
Yahoo!ブログよりの移行先は、訳あってSeesaaとする予定です。
現在のSeesaaブログには移行できませんので、新たに作る予定です。
 
もう一つ開設したのが、gooです。こちらは新規です。
 
 
 
今後は、円泉寺ブログ以外ははSeesaaかgooのどちらかとなります。あるいはサブホームページのブログに力を注ぐかも知れません。
 
 
ページ上部へ