円泉寺便り

今宮八幡宮 群馬県前橋市

厄除大師蓮花院の西隣にある神社です。

蓮花院の山号が今宮山ですので、廃仏毀釈以前は何らかの関係があったと思います。

 

高崎市の今宮八幡宮が、京都の石清水八幡宮を勧請した神社ですので、こちらも同じかも知れません。

 

 

 

お水屋

 

 

 

御祭神は譽田別命ですから、応神天皇のことです。

 

飼育神社と赤城神社が並んで祀られています。

 

石祠が裏と西脇に摩数多く祀られていました。

 

こちらのお社は名前が分かりません。

 

 

今宮八幡宮  群馬県前橋市下増田町1624 地図link

 

川崎大師分院 厄除大師 蓮花院 群馬県前橋市

10年前にも参拝に訪れています。その時に御住職・副住職にご挨拶をしたことだけは覚えています。

 

以前の写真を見て気がつくことは、やはりコロナ対策です。

どこの神社仏閣でも神経を使っていることが分かります。

 

 

 

御本堂の御本尊は当然弘法大師です。

「南無大師遍昭 南無大師遍昭 南無大師遍昭」と三遍お唱え致しました。

花祭りも行われていましたので、お釈迦様にも三遍甘茶をかけます。

 

 

 

 

御本堂以外にも大師堂があります。

 

 

お大師様の前には七福神が祀られていました。

 

 

 

右側の御堂は、高尾山の天狗です。

スゴイ迫力のお面です。

 

 

 

良縁堂は女性向きの御堂でした。

 

 

 

これだけ広い駐車場は、一般の寺院では珍しいですね。

撮してる私の後ろにも広がっています。

 

 

 

ホームページlink

前橋厄除大師  蓮花院   群馬県前橋市下増田町1626 地図link

 

 

関の磨崖仏・善光寺式阿弥陀三尊 群馬県桐生市

赤城山噴火の泥流により造られた集塊石に刻まれた阿弥陀三尊の磨崖仏が祀られています。

すぐ南側は鏑木川です。

 

 

 

 

 

鎌倉時代に刻まれた阿弥陀三尊です。高さ128cm、幅・奥行き各80cmの舟形になっています。

両脇持の観音菩薩・勢至菩薩は冠があり、善光寺式阿弥陀三尊の特色があります。

 

 

 

 

北側には庚申塔、子育て観音?、千手観音の石仏が祀られていました。

 

 

 

磨崖仏の裏側です。

 

 

鏑木川に添って、馬頭観音石仏が並んでいました。

 

 

 

今でも大事にされている石仏群でした。

 

※参考に善光寺式阿弥陀三尊図です。

 

 

 

熊谷市の江南文化財センターの日本一古い善光寺式阿弥陀三尊板碑

善光寺式阿弥陀三尊板碑  寛喜二年(1230) 

 

 

 

関の磨崖仏  群馬県桐生市新里町関67−1 地図link

 

シャクナゲの成田山赤城寺 群馬県桐生市

桐生市・太田市は何度も出かけていますが、以前から成田山赤城寺を参拝するには、石楠花のころと決めていました。

5000株もの花が咲きそろうようです。

 

 

境内に至る道は一方通行になります。

大型車両は通れませんので、観光バスなどを使用する場合は一旦乗客を降ろし、バス駐車場に移動する必要があります。

 

駐車場に向かうと、満車に近い状態でした。

連休中はかなり混み合うことになりそうです。

 

 

山門を通り、先ずは御本堂に参拝です。

お賽銭は小銭が金融機関に手数料を引かれるどころか、赤字になりますので、ここで多めに入れさせていただき、他は殆ど略させていただきました。

 

 

たしかに石楠花の寺です。

至る所に咲き誇っていました。

 

 

 

信者さんの奉納された石仏や仏像などが、アチコチにありました。

 

 

 

まゆだま大黒天の周りには、不動明王を中心とした五大明王が描かれてありました。

 

 

 

 

久しぶりに高低差のある所を参拝致しました。

 

 

しかし、数多くの花に癒やされます。

 

 

 

 

世直しトップ地蔵です。

 

 

先代ご住職とコロンビアトップさんは親しい間柄だったそうです。

 

志村けんさんが奉納した大黒招き猫です。

 

 

隣の像は道祖神ですが、! ! ! ! ! !

 

 

昨年に先代ご住職が亡くなっています。

今はマスコミにも紹介される娘さんが、新住職となっています。

かつて新型コロナの流行のため、御朱印に関し慎重な様子がホームページに書かれていました。

先代御住職にうつらないようにとの思いがあったのだと思います。

 

上毛三山の赤城山は、ここからは見渡すことが出来ません。

 

 

西に向かうと山全体を眺めるられる所があります。

 

成田山赤城寺ホームページlink

 

成田山赤城寺 群馬県桐生市新里町大久保413−4 地図link

 

 

重要文化財 山上多重塔 群馬県桐生市

山上の多重塔は、重要文化財となっています。

明治期に発見されました。

高さは185㎝で、上の屋根部分を外し、かつては三層部分に法華経が納められていました。

 

 

このあたりに知られていない寺院があったのかも知れません。

 

 

桐生市のホームページには、「銘文の文意 この塔に如法経を安置する。朝廷・神祇・父母・衆生・合霊の利益のためである、小師道輪が延暦20年(801)7月17日に無間の苦しみを受けている衆生を救い、永く安楽を得、彼岸に到達できるように願い建立した。」とあります。

 

僧・道輪は文献に出てこないようですが、中央から派遣された僧侶だったのだと思います。

僧・道忠の弟子だったかも知れないとする方もいました。

 

 

私が行ったときは、相輪がありませんでした。

下に置いてあったようです。

 

 

枝垂れ桜の頃も良さそうです。

 

ポピーが敷地一面に咲いていました。

 

 

 

 

北側には赤城山が一望できます。

 

塔婆 石造三重塔(山上多重塔)    群馬県桐生市新里町山上2555  地図link

 

 

山上城跡公園 群馬県桐生市

山上城は山上五郎高綱により館が築かれたと伝えられています。

北条氏康・上杉謙信により攻略され、さらに武田勝頼が攻めて廃城となりました。

 

城跡の一部が公園となっています。

 

 

赤城山の大きなムカデと日光男体山の大蛇が、争ったとの伝説があるようです。

左側が山上城です。

 

広い城跡は、子供向けの遊具が置かれています。

 

猿・サイ・牛などの石像がありました。

 

 

駐車場は無料です。

 

東側から見た山上城跡です。

 

城主の一族と思いますが、山上郷右衛門がいました。

北条家家臣として豊臣秀吉と交渉し、後に徳川家康の武将として活躍しているようですが、明らかなことは分かりません。

晩年は山上の地に戻ったようです。

2015年6月6日 常広寺に供養塔が建立されています。

 

山上城跡公園 群馬県桐生市新里町山上297−1  地図link

 

 

各地の光明真言供養塔

各地の寺院等を参拝すると、石塔上部に五仏の梵字(ア・ビラ・ウン・ケン)と周りに光明真言が彫られている石塔を見ることがあります。

この御真言を読誦すると一切の罪障が除かれるとされています。

 

光明真言百万遍供養塔とある石塔は、光明真言を百万遍唱えたのを記念して建立した供養塔と思われます。

信者や檀家の願いを叶えるために、僧侶が百万遍光明真言を唱えたのでしょう。

 

いずれも偶然見つけた石塔です。五仏でない石塔もあります。

 

 

正明院 群馬県邑楽郡板倉町大字海老瀬7369   真言宗豊山派

 

 

五仏の梵字と光明真言が分かりづらいですが、上部に彫られています。

 

 

 

覚性寺 埼玉県東松山市東平438  真言宗智山派

 

 

下に弘法大師が彫られています。

 

 

 

慈眼寺 埼玉県本庄市児玉町稲沢389  真言宗豊山派

 

 

 

 

正法寺 埼玉県日高市中沢126  真言宗智山派

 

 

お地蔵様の光背に、五仏と光明真言が彫られている百万遍供養塔です。

 

 

 

宝蔵寺 埼玉県飯能市中居100  曹洞宗

 

 

 

境内の一カ所に弁財天などの石仏が、祀られていました。

 

 

伝蔵院 埼玉県大里郡寄居町大字金尾216 真言宗智山派

 

 

宝篋印陀羅尼が下に彫られています。

他の地区にもう一カ所あるそうですが、調べても分かりませんでした。

 

五仏の梵字の脇に光明真言が彫られています。

 

 

大梅寺 埼玉県比企郡小川町大塚470  曹洞宗

 

 

珍しい二連板碑です。

阿弥陀如来の梵字(キリーク)の下に、光明真言が彫られています。

 

 

埼玉県小川町には二連板碑が3ヶ所あります。
夫婦の成仏を祈り逆修のため、あるいは両親の成仏を祈願し建立されたようです。

埼玉県には板碑が約27,000基あるようですが、知る限り二連板碑はこの地区のみです。

 

 

円城寺  埼玉県比企郡小川町青山654  曹洞宗

 

 

 

 

小川町には光明真言供養塔ではありませんが、西光寺に阿弥陀三尊梵字二連板碑があります。

 

かつて板碑の元になる青石は埼玉県長瀞町のみと言われていましたが、小川町も産地であることが明らかになっています。
私は父から青石塔婆と聞いていました。板石塔婆とも言われています。



他の二連板碑
行ったことはありませんが、調べてみました。光明真言塔ではありません。

新福寺 千葉県香取市
地蔵院 千葉県香取市
浄土寺 千葉県

三連板碑
城ノ平公園 大分県臼杵市野津町


色々検索してみると、面白い資料が出てきました。
徳島県立図書館の資料
つるぎ町の板碑 –
「https://library.tokushima-ec.ed.jp › webkiyou 板碑」で検索して下さい。PDFです。

双式阿弥陀画像板碑
徳島県つるぎ町半田地区

双式観音像板碑
還国寺 徳島市寺町
浄智寺 徳島市寺町


双式板碑 徳島県美馬市木屋平
大北・井奥家西
大北・井内家


観音像と地蔵像の双式板碑
赤松の青木家


他にもありますのでPDFから使用させていただきます。

1石2基の双式板碑は,4例認められる。
木屋平地区の2例(岡山他2009)と石井町の石川神社の2例(市楽石川神社境内と加茂野の善福寺跡)
徳島市国府町1例である。

徳島県内での双式板碑は,神山町では22例あり、1例のみ3基で構成される。
そのうち、20例が阿弥陀三尊種子板碑で、1例が線刻五輪塔、1例が大日三尊種子である。
徳島市では、前述の観音像板碑と応神の線刻五輪塔板碑の2例である。
応神弥勒寺の板碑は、明徳5年の名号板碑と阿弥陀三尊種子板碑である。

 

マダマダ光明真言供養塔が祀られている寺院はあります。

参拝しながら気がつかなかった場所もあるはずです。

 

 

曹洞宗 法城寺 埼玉県川越市

江戸初期に中興開山されるまでは、他の場所にあったようです。

御本尊は、お釈迦様を祀ります。

 

 

川越線の的場駅や東上線の霞ヶ関駅からも近い便利な場所にあります。

 

 

 

山門前の八重桜がきれいでした。

 

 

 

馬頭観音が多く祀られてありました。

地域にあった石塔石仏が、寺に集められたようです。

門前の大きな馬頭観音には、「北坂戸 東□□」と彫られています。

どこかの辻に祀られていたことが分かります。

 

 

 

みよしの幼稚園を経営していました。

 

法城寺  埼玉県川越市的場1902  地図link

 

 

的中観音(まとなかかんのん)

日高市から川越に向かう途中に、大きな石仏が祀られています。

いずれお参りしようと思っていましたが、いつも通り過ぎるばかりでした。

 

 

お参りすると馬頭観音像が祀られていました。

 

場所は川越市的場(まとば)です。

的場はウィキペディアに『弓道などを練習するために的がおかれている場所。』とありました。

どのような訳で的場の地名が出来たのかは分かりません。

地元の武将が弓の稽古をした場所とも考えられているようです。

 

的場の中心にあることから的中観音と呼ばれたのでしょう。

 

 

由来を見ると念仏供養塔とありました。

昔は馬が重い荷物を運んでいましたので、馬頭観音は馬の供養のためと思っていましたが、ここでは阿弥陀如来や地蔵菩薩のように信仰されていたのかも知れません。

 

 

「てきちゅう」と読めますので、ネットでは宝くじが当たるように、願を掛けると良いなどと書かれていますか、当たった人がいれば、更に立派な御堂にするでしょうね。

 

的中観音 埼玉県川越市的場  地図link

 

 

天台宗 延命寺 川越市笠幡

開山当時は禅宗でしたが、喜多院の天海大僧正によって天台宗に改宗して中興しました。

御本尊は阿弥陀如来です。

 

 

この前を通るのは十数年ぶりになります。

 

 

武蔵国十三仏霊場の普賢菩薩札所です。

参道には十三仏銅像も祀られていました。

 

 

お地蔵様と如意輪観音様石像が並んでします。

 

 

かなり広い境内駐車場です。

 

 

桜の頃が参拝には良さそうです。

御本堂近くには枝垂れ桜も植えられていました。

 

延命寺 埼玉県川越市笠幡445  地図link

 

ページ上部へ