円泉寺便り

円光寺 埼玉県小川町

小川町の中では、一番檀家数が多いのでと思います。

近年に全てを一新しているのでしょう。

 

山号が医王山、瑠璃殿もありますので、御本尊はお薬師さまでしょう。

広い境内のほとんどが墓地のような景観となっています。

 

あちこちに「いぼとり地蔵尊」がありますが、医学の発達してない時代は、神参り、寺参りだったようです。

円光寺

 

高雲寺 平良文館跡 熊谷市村岡

今から15年ほど前、熊谷市教育委員会に伺い、千葉氏や相馬氏の先祖・平良文館跡の場所を教えていただきました。このあたりに平氏の屋敷跡があったと言われています。

良文の子の平忠頼・忠通が住んでいた。
彼らは平氏惣領家の平繁盛(平貞盛の弟)の使節が大般若経を比叡山に送ろうとしたさい、村岡郷で追い返した。
〔今昔物語の良文と箕田(みだ、鴻巣市)の源宛(あつる・渡辺綱の父)との記載や子孫の動向から、地元びいきもあり熊谷説を採りたい。)〕

高雲寺  埼玉県熊谷市村岡396 地図

 

妙見菩薩資料集の内「別冊 妙見菩薩 平将門関連」の一部 link

 

村岡集会所の案内板

一昨年?行った時の写真がパソコンが壊れたため、他に保存していた一部を除いて無くなっていました。

村岡集会所にもよれば良かったと、後悔しています。

 

河津桜が綺麗でした。

 

馬頭観音の妙安寺 東松山市

高校の時、東松山駅から熊谷にクラブ活動で行ったときだったと思います。バスの窓から「馬頭観音」の看板がありました。初めてお参りしたのは、大学の頃だったと思います。

上岡観音 馬頭観音お姿

 

上岡観音として知られており、毎年2月19日縁日は絵馬市がたち、競馬、乗馬、運輸関係者が多く参列するようです。

祭礼には実際に馬もいるようです。  上岡観音祭礼YouTube

 

沢山の馬頭観音石仏が一ヶ所に集められていました。

 

三十三観音

 

こちらが妙安寺の本堂です。

 

こちらの白木蓮はこれからが見頃です。

 

上岡観音妙安寺 埼玉県東松山市岡1729 地図

光福寺と宝篋印塔 東松山市

国道407を走っていると「国指定文化財 宝篋印塔」の表示板がありました。

戻って見学に行くことにしました。

 

宝篋印塔と板石塔婆が頑丈な収蔵庫に保存されていました。

青石塔婆には阿弥陀三尊が宣告されています。

この塔は元亨3(1323)年に藤原光貞と比丘尼妙明の供養のために建立したのですが、二人がどのような人だったかは、分からないようです。

 

本堂と墓の間には土盛りがあり、上に如意輪観音などの石仏が祀られてありました。古墳のようにも見えますが、分かりませんでした。

 

収蔵庫の南側に石仏が集められていました。

六面の塔が、なかなか立派な姿をしていましたが、おそらく六観音と思います。

 

ハクモクレンがもう少しで盛りになるところでした。

松山神社 東松山市

以前行ったような気がしていましたが、カーナビで調べた場所とは異なるような気がしていました。

しかし、市の公園になっている池を見た途端、記憶が少し戻ってきました。

高校の頃、オートバイで行った神社でした。康平6年(1063)に大宮氷川神社を勧請し、寛永元年にも熊野神社を祀ったそうです。

松山宿の総鎮守でしたので、東松山では一番の格式がありました。

祭神は素戔嗚尊と伊邪那美命です。

車を駐めるには、神社の西側(裏)から入ります。

分かりづらいと思います。

大鳥神社と浅間神社が本社の左側にあります。

大鳥神社の祭礼「おとり様」の時が、一番賑わいがあるそうです。

神楽殿は屋根が修復されていません。

経済的に箭弓神社と同じ東松山にありながら差があるようです。もっとお参りがいると思っていましたが、私1人だけでした。

各地の神社は、お寺以上に苦労しているようです。

桜の頃が見頃だと思います。

 

上沼公園は、神社のすぐ東側に位置します。

何人かが散策していました。

やはりここも桜の頃来たいですが、駐車場が少ないので、市内の人には良い場所でしょう。

カルガモが二羽泳いでいます。

 

紅梅

境内の紅梅が、今からが見頃です。

例年は彼岸頃が一番です。

 

 

まだ蕾が沢山ありますので、しばらくは楽しませてくれるでしょう

 

賽銭箱が震災義援金募金箱

彼岸前ですので、義援金を渡すために募金箱を空けました。

本堂の賽銭箱が、義援活動に利用されています。

知人を通しボランティア団体と大熊町に送らせていただいています。

知人は大熊町出身です。

年に何回かに分けて、渡しています。

 

手打ちうどん ごん兵衛 日高市

時折食べに行く蕎麦屋さん「百日紅」の女将さんのブログに、近くの「ごん兵衛」のうどんが美味しいと書かれていました。

同業ですから間違いないだろうと、友人と出かけました。

入ったときは我々だけでしたが、たちまち女性客でいっぱいになりました。

常連さんばかりのようです。

一番人気と書かれている肉汁うどんにしました。

武蔵野うどんとありますので、地粉を使用しているのでしょう。

私好みの腰のある地粉うどんでした。

注文してから、うどんを打つと書かれていましたが、それほど待たずに出てきます。

一緒に行った友人も満足していました。

けっこうボリュームもあります。漬物と卵焼きも私好みでした。

 

また行こうと思っています。

 

ごん兵衛  埼玉県日高市南平沢408 場所             百日紅ホームページ

 

杉田玄白墓 栄閑院猿寺 港区

NHK放送博物館の見学を終え、愛宕神社との間の階段を降りました。

何件かの寺院を眺めていると「杉田玄白墓」の文字が見えました。

杉田玄白は解体新書を著したことで、教科書には必ず書かれていますので、知らない人はいないと思います。

地図

庭の手入れが良くなされており、梅と椿がアクセントを与えています。

寛永の頃に猿回しに扮した泥棒が、住職に改心させられました。

泥棒は猿を置いて諸国行脚に向かい、猿は寺の人気者になったのだそうです。

御本堂の右側に向かうと玄白の墓があります。

ここで般若心経などを唱えさせていただきました。

お塔婆には、キャ、カ、ラ、バ、アの梵字が書かれていました。浄土宗でも使用するのを初めて知りました。

 

福禄寿様の石像も祀られていました。

ここから新橋駅に向かいましたが、運良く駅行きのバスがありました。全線100円のミニバスです。

ほとんどが烏森神社まえで折りましたが、私は駅で降りました。駅に行くなら神社前の方が便利なようです。

 

NHN放送博物館 港区

愛宕神社の隣にあるNHK放送博物館です。

NHK放送博物館         地図

 

番組の背景と人物が別々に撮されて、合成される様子の説明です。

背景は海の中でした。サメが泳いでします。

手前はニュースの原稿がどのように読まれているかを説明していました。原稿が映し出された画面を見ていれば、そこの裏側にカメラがあり、いかにもカメラを見ているように写されます。

向こう側は天気予報の様子です。

ここでは朝のドラマを展示してありました。

画面が異なりますが、世界中で放送された「おしん」を見ることが出来ました。

モノクロだったのに、私の記憶ではカラーで放送されたと思っていました。小林綾子、泉ピン子など懐かしいシーンです。

 

「梅ちゃん先生」の世界を表現したジオラマです。

昭和30年代のイメージです。

 

テレビの番組で使用された音作りの道具です。

左側が「風」、右側が「波」の音です。昔テレビで紹介されていたのを思い出します。

 

番組で使用された台本が並べられています。

今でも放送されている番組や、懐かしい番組の人形が展示されていました。

「ひょっこりひょうたん島」の放送は、いつも楽しみでした。ひょっこりひょうたん島Wikipedia

番組では明らかにされていませんでしたが、火山の噴火のために本当は全員死んでいて、幽霊だったのだそうです。

知らなくて良かった裏話です。 ひょっこりひょうたん島 ユーチューブ

 

1960年代の茶の間の様子です。

この中では、テレビが最も高価だったと思います。

ジェスチャーを放映していました。柳家金語楼、水の江瀧子など、懐かしい人が出演しています。お題は「親亀の背中に小亀を乗せて、小亀の上に孫亀乗せて」でした。

ジェスチャーWikipedia

その他にも8Kで撮されているオーケストラや放送機器の変遷など、興味のある部屋がありました。

時間を掛けて楽しみたい場所です。

 

 

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