円泉寺便り

梵鐘の供出 現在の坂戸市・鳩山町・鶴ヶ島市の寺院 永源寺において 昭和18年

全国の寺院の殆どが、太平洋戦争中、梵鐘を供出致しました。

批判をする人も多いと思いますが、この時代は致し方ないことだったのです。

現在の坂戸市・永源寺御本堂前です。昭和18年の撮影でした。

 

 

向かって右から寺院名と住所を記載致します。表示は現在の地名です。

  • 圓正寺 鳩山町
  • 休山寺 鳩山町
  • 坂戸市 宗福寺
  • 鳩山町 真光寺
  • 坂戸市 休薹寺
  • 坂戸市 永源寺(仲町)
  • 坂戸市 大智寺
  • 坂戸市 法音寺(おそらく坂戸市小沼)
  • 鶴ヶ島市 満福寺
  • 坂戸市 西福寺
  • 坂戸市 西光寺(画像が鮮明でありません。坂戸市塚越)
  • 坂戸市 長久寺
  • 坂戸市 永源寺(多和目)

 

私の祖父も一番右に写っています。ただし、この中の寺の住職であったわけではありません。大智寺住職(向かって左から四番目)との関係かも知れません。

今から二十年程前に某寺より借りることができました。スキャナーで取り込んだ貴重な写真です。

このような時代があったのです。

 

←飯能市の入間川と美杉台展望台              オリエンタルユリ ピンクの百合

 

飯能市の入間川と美杉台展望台

昨日の朝は入間川に、わずかですが霧が出ていました。

 

 

美杉台ではラジオ体操をしています。

 

展望台の合歓の花です。そろそろ終わりです。

 

 

小瀬戸あたり でも、霧が出ています。

 

←海外から帰れない檀家さん          梵鐘の供出 現在の坂戸市・鳩山町・鶴ヶ島市の寺院

 

海外から帰れない檀家さん

先日来られた檀家さんの息子さんが、海外に二年の単身赴任のはずが、コロナのため帰れないでいると話していました。

きっとまだ同じような方がいると思います。

年に一度、必ず土産を持って墓参りに来る檀家さんは、1年以上帰っていないと思います。

海外赴任はヨーロッパ、アメリカ、中国、東南アジアと広範囲です。今の状態ですと会社も対応不可能なのでしょう。

ある檀家さんは、成田空港勤務です。

空港には駐まった飛行機でいっぱいですと話していました。

 

新型コロナウイルスの脅威はとどまることがありません。

あらゆる所に影響が出ています。

 

早くワクチンが開発されなければ、あるしはコロナの感染力が弱まらない限り(一番期待しています)、先を見通すことが不可能です。

 

必ずマスクを使用する、夜の街には出かけないなど、意識して生活するしかありません。

スナックを経営している檀家さんは、店をたたんだそうです。

生活のため無理しても開店をせざるを得ない方もいると思います。苦しい選択肢だと思います。

 

 天皇陵 御陵印の御朱印掛軸           飯能市の入間川と美杉台展望台

天皇陵 御陵印の御朱印掛軸

おそらく明治時代の掛軸のようです。

天皇陵の御陵印があることを知りませんでした。歴代124代の天皇陛下御陵印の93ヶ所朱印です。今でも頂けるそうです。御陵印 検索 リンク

印のみのですから、日時など書いて頂くことはできません。

 

全部の御陵にあるのではなく、地域ごとに五ヶ所にまとめて用意されています。各場所に二印から三十印もあります。

  • 多摩陵墓監区事務所
  • 桃山陵墓監区事務所
  • 月輪(つきのわ)陵墓監区事務所
  • 畝傍(うねび)陵墓監区事務所
  • 古市陵墓監区事務所

気をつけなくてはいけないのは、自分で押さなくてはならないことのようです。

また、平日のみのようですが係がいるときは可能なようです。

御朱印帳を用意し、一度に何カ所もですから、間に挟む紙が必要だそうです。

 

 

以前、京都にいるときは事務所のある4カ所か巡りました。事務所のある場所は数少なく、あっても入ったことはありません。

多摩御陵は何度か詣でていますが、もう一度訪れたいと思っています。

 

←ユリが咲き出しました          海外から帰れない檀家さん

 

ユリが咲き出しました

境内のユリが咲き出しました。

お墓参りの人が、スマホで写しています。

 

 

駐車場に面したユリが、一番きれいです。

 

 

御本堂前は、土の質が悪かったために茎が細く、花数が少ないです。

 

 

ここ一週間が見頃だと思います。

 

←梵字円相掛軸               天皇陵 御陵印の御朱印掛軸

 

梵字円相掛軸

国際梵字仏協会の現会長である窪田成円さんの書かれたものです。

女性で甲府在住です。

 

円相図は禅宗僧侶が好む墨跡の丸図ですが、こちらは梵字で描かれています。作者が円相と題しているのかは分かりません。

円相図wikipedia リンク

 

 

基本的な梵字は覚えていますが、梵字の基本的書き方を図にしたようです。

例えれば「五十音図」でしょう。

 

梵字の教科書を本棚で見るのみで、読むまでいきませんでした。

 

 

市内の骨董屋さんから手にしたのですが、元の持ち主は作者と知り合いだそうです。

 

←真言宗智山派 圓泉寺 埼玉県川島町               ユリが咲き出しました

 

真言宗智山派 圓泉寺 埼玉県川島町

当寺と同じ名前の円泉寺です。坂戸市の御住職が兼務しています。

たまたま近くを通ると、カーナビ「圓泉寺」とありました。

 

 

正面の参道を入ろうとしましたが、かなり狭い道でした。

どこか駐められる場所を確保しようと、すぐ東にある神明神社近くの道路端に駐めました。

この画像左側が神社の杜です。

 

御本尊が、お薬師さまでした。

 

宝篋印塔

 

この板碑は上が欠けています。下が観音菩薩と勢至菩薩の梵字ですから、上は阿弥陀如来の梵字キリークの阿弥陀三尊板碑です。

 

 

圓泉寺  埼玉県比企郡川島町大字一本木71  地図

全国の円泉寺リンク

 

←ある檀家さん 高熱と肺炎で緊急入院               梵字円相掛軸

 

ある檀家さん 高熱と肺炎で緊急入院

先日来られた檀家さんが、入院していたと話していました。

高熱と息が苦しいために、救急車で病院に運ばれたため、誰もが新型コロナウイルスに罹患したと思ったようです。

まず隔離病棟に入院です。

二度の検査の結果、陰性でした。

現在はどこの病院でも、たとえ一般病棟に移っても、誰も面会ができません。洗濯物などを担当の看護師さんから受け取るだけでした。

 

しかし、検査の結果が出るまでは、生きた心地がしなかったそうです。家族にもコロナに罹かっている者が、いるかもしれない状況でした。

スマホが唯一の通信手段でした。あれほどスマホに感謝したことはないそうです。

 

「住職の世話になるのか思っていた」と話していました。ご家族も同様です。

しかし、コロナの場合では、病院から火葬場に直行になります。家族に会えるのは、お骨になってからとなります。

周りにいた家族も、本当に嬉しそうな笑顔でした。

 

父親の一周忌に帰れない !          真言宗智山派 圓泉寺埼玉県川島町

 

父親の一周忌に帰れない !

緊急事態解除の日曜日に来られた檀家さん一家と立ち話をしました。

共にマスク着用です。

 

 

今日は奥さんの栃木の実家で、父親の一周忌が営まれるのだそうです。

しかし実家からは「こちらにいる親族だけで行うから、帰ってこないで! 」と話していました。

ご主人が都内に通勤しており、母親が心配しているようです。

高速を利用すれば、1時間半以内に到着できるそうです。一応は埼玉と栃木は地続きです。

仕方が無く、こちらに墓参りに来ました。

 

当寺の檀家さんでも、御法事をお墓でしたり、家族のみで他は呼ばない、延期するなど、今までと異なった方法が増えています。

奧さんには、こちらでも同じような流れであることを説明し、諦めていただきました。

どなたも元の生活に戻れるのか、心配が多々あります。

 

私も新型コロナウイルスの脅威が、無くなるよう毎朝御祈願をしています。

 

←高麗山 聖天院 埼玉県日高市          ある檀家さん 高熱と肺炎で緊急入院

高麗山 聖天院 埼玉県日高市

聖天院は真言宗智山派の寺院です。

埼玉県入間郡の旧高麗群(こまごおり)にある智山派寺院の多くが末寺となっており、円泉寺もここの末寺です。

山門前には、朝鮮式の天下大将軍と地下女将軍の石柱が立てられています。

 

この旧高麗郡には、大陸から大勢の渡来人が来ています。さらに高句麗だけでなく、各地に移住していた新羅(しらぎ)、百済の人々も集められました。

すぐ隣に高麗神社がありますが、各地の白鬚神社は新羅が転訛したと思われています。白子の地名も同じです。

 

 

山門には大きな風神雷神の像が祀られており、山内を守っています。

 

 

山門の東側には、渡来した高麗王若光(こまのこしき じゃっこう)の廟があり、その前に狛犬ならぬ高麗羊が祀られています。

御住職の話ですと、羊は日本における狛犬の役目をしていると教えてくれました。

近々『世界ふしぎ発見!』の取材が来るそうです。

 

高麗王若光の墓    高麗王若光wikipedia

 

 

梵字キリーク(阿弥陀如来)の板碑です。

 

 

中門前の階段などが厳しい人は、東側から登る道もあります。

 

 

この寺の文化財は歴史を伝える、貴重な宝物です。詳しくは聖天院ホームページを参照して下さい。

聖天院ホームページlink

 

 

中門をくぐると、客殿・庫裏に続く庭園前に出ます。元々の御本堂は、ここの庭園の場所にありました。

 

 

庭園の前を左に向かうと、ここも長い階段になりますが、御本堂への参道です。

やはり庫裏の東側から歩いて登る道もあります。

 

 

平成12年に完成した御本堂です。

私もここの落慶式には参列させていただきました。

 

 

御本堂前の八画灯籠は東大寺を模した物と思います。それぞれの面に音声菩薩が彫られています。

 

さて、御本堂に参拝です。

中央に不動明王、左側に歓喜天、右側に大日如来などの仏さまが祀られています。

聖天院に来ると、つくづく寺院格差を感じてしまいます。

 

 

御本堂前の見晴らしからは、左手に日高市の中心部が望めます。

 

 

鐘楼堂から在日韓民族慰霊塔に行くことができます。参拝客もここから向こうに行く人は少ないようです。

 

 

しばらく行くと、在日韓民族慰霊塔に至ります。

在日の方々が、お参りをしていました。以前お参りに来たときもおりましたので、土日や祝日には大勢の方がおいでになっていると思います。

今日は平日ですが、新型コロナウイルスのため少ないのでしょう

 

 

ここにも羊が左右におり、供養塔を守っています。更に武人もいました。

ここも若光の墓と共に平成12年の奉納です。御本堂落慶にあわせて納められたのでしょう。

 

 

さらに大きな檀君、広開土大王、王仁博士などの石像が、東側斜面に並んで祀られています。

 

 

ここに来られている方々と話しをすると、国内在日韓国人のキリスト教系新興宗教・統一教会信者さんでした。

現在の教祖さんの本をいただきました。

 

帰ってから読み始めたのですが、どうしても知人のことが目に浮かびます。

数十年前に、たまにはお茶でも飲まないかと電話があり、話してみると統一教会信者となっていました。

信仰を勧めるために会いに来たようです。

一時、ご両親とも信仰のことがあり、連絡が付かない期間がありました。

それから6年ほどして会った折りには棄教していました。その後、かなり遅い結婚をして今は良い家庭を築いています。

 

それ以外にも

  • 若い信者の会ったこともない人との韓国での合同結婚式
  • 霊感商法
  • 初代教祖の死後に、跡目争いと勢力争い

 

私は仏教系大学を卒業していますが、授業でキリスト教の講義もありました。講師の先生の本や4分の1だけですが聖書も読んでいます。※ただし、実際にはほとんど忘れています。※私は仏教の初期経典・阿含経や法句経が好きです。

統一教会はカトリック、プロテスタントと、大きく異なる教義です。

どうしても違和感を覚えて、この本を読むのを止めました。

中に入ってしまえば、仲の良い信者同士として違和感なく暮らせるのでしょう。この方々は穏やかで、感じの良い人ばかりでした。

 

ここは聖天院の境内ですが、信仰もそれぞれ異なる大勢の在日韓国人が参拝に訪れています。

当然日本人も気楽に訪れていると思います。

 

境内には阿弥陀堂があります。阿弥陀・観音・勢至の阿弥陀三尊が祀られています。

今年は武蔵野三十三観音霊場のご開帳にあたります。

 

 

聖天院   埼玉県日高市大字新堀990−1 地図

 

←中国の仏さま              父親の一周忌に帰れない !

 

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