円泉寺便り

西光院の大きな地蔵菩薩と八幡神社 入間市上谷ケ貫

西光院

西光院には大きな地蔵菩薩が祀られています。

青梅市成木の安楽寺末でしたが、安楽寺が真言宗豊山派から単立の寺院になっています。

それ以前から単立であったのか、一緒に単立になったのかは不明です。

 

御本尊は不動明王です。

 

境内東側にお地蔵様は祀られていました。

 

台座の上に乗っていますので、かなり大きく見えます。人の大きさと同じくらいと思います。

 

境内には地蔵菩薩の他に、向かって左側「キャ・カ・ラ・バ・ア」の五仏の梵字が彫られた石仏が祀られていました。

 

 

西光院 埼玉県入間市前ヶ貫629  地図link

 

八幡神社

西光院の東側から八幡神社に向かいました。

嘉慶二(1388)年の創建ですから、西光院よりも古いことになります。

入間市指定文化財の獅子舞は、毎年10月5日に西光院と八幡神社で行われます。

 

広く、緑の多い境内です。

 

東側には大きな木がありました。

 

更に東に行くと、池の中に弁財天が祀られていました。

 

八幡神社  埼玉県入間市上谷ケ貫679  地図link

 

臨済宗建長寺派 長福寺 百体地蔵尊 埼玉県入間市

今から35年以上前、当寺(円泉寺)檀家さんの墓詣りに来られた方の菩提寺です。

その後に長福寺を参拝致しましたが、殆ど記憶にありませんでした。

 

寺は永徳2(1382)年に亡くなった桃源宗悟によって開山され、現在地には寛文9(1669)年に移っています。

 

枝垂れ桜の頃に参拝するのが良さそうです。

 

お地蔵様には廣度大願王と彫られていました。

人々を広く来世に導く地蔵菩薩の意味があると思います。

 

 

今日の目的は百体地蔵尊です。

明治30(1897)年に祀られました。

それぞれ姿の異なる地蔵菩薩が祀られていました。

以前来たときの記憶が、殆どないことに唖然ととします。

 

長福寺  埼玉県入間市二本木1217 地図link          Facebook

 

サザンカが咲いています。

境内のサザンカが、咲き誇っています。

赤いサザンカ  参道

 

妙見さま裏

 

白にピンクの花びら 妙見さま裏

 

白い花 妙見堂東階段

今年は白が、これから咲き出します。

 

下は四年前の写真です。

 

まだまだ楽しめます。

 

田村酒造場 清酒・嘉泉 東京都福生市

長徳寺の向かいには田村酒造所がありました。

私はお酒を飲みませんが、興味が湧き見学をさせていただくことにします。

大きな蔵が並びます。

 

たまたま地域の方々による市内ランニング大会が行われており、コースの最終が田村酒造場でした。

疲れを癒やすために係の方々が何かを振る舞っています。

 

酒造に向かいます。

 

奥にある建物は社長宅です。

江戸初期の古文書に福生村名主の名があるそうです。それ以前からの古い家柄なのでしょう。

名主を務めた家柄だけに立派な家屋でした。

幾つかの建物が、国の登録有形文化財に指定されています。

 

右側の建物に入ると、商品の見本が並べてあります。

 

昭和天皇皇后両陛下が平成28(2016)年に寄られた写真が展示されていました。

都下で両陛下がお見えになっていなかった自治体は、福生市だけだったそうです。

これで両陛下が島嶼部を除き全てに足を運ばれたことになりました。

ここでは辛口二種類のお酒を友人に選びました。

その内の一本が、清酒「まぐろ」です。何ともユニークな名前でしたのでつい手が出てしまいました。

マグロの刺身に合う清酒なのだそうです。

※(二日後にお店で酒のラベルを調べると、お客さんが珍しいので「マグロの刺身を買ってこい!。」 の厳命でした。翌日買ってくると、お客さん方が皆飲んでしまったそうです。)

喫茶Takumi 匠

 

ここでお酒の支払いをしていると、何と当寺(円泉寺)の檀家さんから声を掛けられました。寺から約150メートルの家です。

ここの他の部門で仕事をしているのだそうです。

 

お陰で社長さんとご挨拶をしただけでなく、係の方に井戸まで案内をしていただきました。

 

ここの井戸が会社にとって一番大事な場所です。

 

この後に檀家さんの写真を撮影致しました。

後日奥様と墓参りに来られたおりに印刷しておいた写真をお渡し致しています。

 

田村酒造場  東京都福生市福生626  地図link

 

臨済宗建長寺派 長徳寺 東京都福生市

鎌倉時代の長徳年間(995~999年)に創建されました。それに因んだ寺院名です。

御本山の建長寺より古い歴史がありますので、他の宗旨か他派の寺院だったと思います。

 

御本尊は十一面観音を祀ります。

境内は広く、蓮の鉢がたくさんありました。

 

客殿

 

 

御本堂裏側から庭園に行くことが出来ます。

 

鯉がたくさん泳いでいました。

 

墓地の西側には玉川が流れています。

 

少し離れていますが薬師堂です。こちらも鎌倉時代の創建のようです。

福生神明社の一の鳥居脇にあります。

薬師如来は東方瑠璃世界の教主ですので、西を向いて建てられています。

薬師三尊と十二神将を祀ります。

 

墓地入口の地蔵菩薩。

 

薬師堂と墓地は長徳寺持ちです。

 

長徳寺  東京都福生市福生613 地図link

長徳寺ホームページ

 

福生神明社 東京都福生市

明治7(1874)年に各部落の鎮守を合祀し、福生村の村社として創建されました。

合祀されたのは神明社・両体明神社・天神社・堰上明神社・稲荷社・熊野山王稲荷三社合殿・八雲神社です。

天照皇大神・伊邪那岐神・伊邪那美神・禰津波能賣神・豊宇気比賣神・大山吭神・菅原道真公を祀っています。

 

 

かなり立派な社殿です。鳥居がなければ寺院かと思われかもしれません。

古い写真を見ると梅が植えられていました。

梅の木の病気蔓延を防ぐために伐採されたのだそうです。かつて梅の里で知られる青梅市でも病気の蔓延があったことを思い出します。

いずれ梅の咲き乱れる神社に戻ってもらいたいですね。

 

脇から見れば、間違いなく神社であることが分かります。

昭和57年に氏子崇敬者のご協力によって、立派な社殿が完成しました。

 

境内には芭蕉の句があります。

「春もやや けしきととのふ  月と梅」

梅の木がないのは残念です。

 

こちら側が一の鳥居、奥に見えるのが二ノ鳥居です。

本来こちら側が表参道だったのでしょう。

 

境内の長沢稲荷大明神

鳥居の赤が鮮やかです。一目で稲荷社と分かります。

 

福生神明社 東京都福生市福生1081−1 地図link

 

五ノ神社 まいまいず井戸 東京市羽村市

かつて狭山市の堀金の井・七曲井に行ったことがあります。堀金の井・七曲井ブログlink

ここのような摺鉢状の井戸は古代から存在し、東京都多摩北部地域から埼玉県西部に多く見られるようです。

「ほりかねの井」は古代から存在し、「武蔵野」の枕詞になっています。

武蔵野の堀兼の井もあるものを うれしや水の近づきにけり(藤原俊成)

 

まえから他の井戸にも行こうと思っていましたが、今になってしまいました。

五ノ神神社境内に東京都指定史跡「まいまいず井戸」はあります。羽村駅のすぐ東側です。

 

五ノ神神社

 

 

まいまいず井戸は他の井戸と同様に、すり鉢状に掘られています。

 

 

 

五ノ神のまいまいず井戸  東京都羽村市五ノ神1丁目2−1  地図link

 

羽村駅

 

井戸のすぐ南側の西友羽村店

 

西友の駐車場に車を入れて見学にと思いましたが、有料駐車場に致しました。

 

羽村神明神社 東京都羽村市

創建は明らかではありませんが、かつて怪事が度々あったことから神明社を祀り、村の鎮守としました。

祭神は天照皇大神です。

 

現在の社殿は万延元(1860)年に造営されました。

其後も何度か修復されています。

 

右側の建物には神輿が納められていました。

八雲例大祭が毎年4月に行われ使用されるようです。

 

お水屋かと思いましたが、羽村市の災害時緊急指定井戸と書かれていました。

 

参集殿は工事中です。

 

神社を挟んで南側は神明公園になっています。写真を撮ったと思ったのですが、写っていませんでした。

 

神明神社 東京都羽村市神明台1丁目16−1  地図link

 

臨済宗建長寺派 宗禅寺 東京都羽村市

多摩地区には臨済宗建長寺派が多いですね。この日に参拝した寺院は、全て建長寺派でした。

開創は元和元年(1615)です。玉川上水開削の影響よって元禄8年(1695)に現在の地に移されています。

御本尊は釈迦如来です。

 

 

 

 

御堂の説明には、天正11年(1583)に薬師堂は再建され、一本木堂と言われていたと書かれています。

宗禅寺よりも古い歴史があります。

かつては村持ちでしたが、昭和28年(1953)に境内に移築されました。

 

 

この三社堂は天神様と弁財天などが祀られています。

 

 

宗禅寺ウィキペディアlink

宗禅寺  東京都羽村市羽東3-16-23  地図link

 

臨済宗建長寺派 禅林寺と中里介山墓 東京都羽村市

長編小説の大菩薩峠で知られる中里介山墓のある禅林寺です。

掲示板によりますと、文禄2(1593)年の創建になります。

 

 

御本尊は如意輪観音を祀ります。

 

中里介山の家は近くにあったようです。

 

 

太平洋戦争でなくなった方々の供養塔がありました。

各地に忠魂碑が祀られていますが、初めて見る形の塔です。

 

庭園は広くはないですが、石と植木を組み合わせています。

サツキの咲く頃が、一番楽しめそうです。

 

天明義挙の碑がありました。

中里介山の生家は、自由民権運動で三多摩壮士と呼ばれた人びとの根拠地だったようです。

 

お寺の庭を見学した後に、介山墓に向かいました。

 

 

 

趣のある竹林の間を抜けると、禅林寺墓地に出ます。

中里介山墓は墓地内の一角にありました。わかりやすく案内板が出ています。

立派な五輪塔の墓石です。

 

小説の「大菩薩峠」は机竜之助を主人公としています。中里介山ウィキペディアlink     小説 大菩薩峠 ウィキペディアlink

私が生まれるより10年以上前の作品で、1913年~1941年まで書き続けられ、介山の死によって未完となりました。

小説は読んだことがありませんが、モノクロ画像のテレビで視た記憶があります。

 

※小説に出て来る裏宿の七兵衛の墓は、青梅市の宗建寺にあります。裏宿七兵衛ウィキペディアlink

 

禅林寺  東京都羽村市3-16-23   地図link

 

 

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