円泉寺便り

臨済宗 円福寺 東京都瑞穂町

円福寺は瑞穂町で一番大きな寺院と聞いています。天元元年(1573)の開山です。

ある当寺檀家さんのご実家は、ここが菩提寺と言っていました。

 

幼稚園を経営しており、駐車場や門前に母親達が子供を送りに来ていました。

 

 

立派な仁王門です。

全ての建物が戦後に新築されているようです。

 

 

御本堂

 

観音堂

 

牡丹の頃にお参りするのが、一番良さそうです。

 

 

以前当寺で求めた熊野観心十界図の巧芸品です。この図の大元は円福寺の寺宝です。

室町時代の掛軸で東京都指定有形民俗文化財になっています。

 

 

円福寺  東京都西多摩郡瑞穂町箱根ケ崎132 地図        ホームページlink

 

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当寺の菅公図が教科書に使用されます

ある出版社から、中山秋湖作・菅原道真画像使用依頼がありました。

いろいろな規約があり詳細は書けないのですが、高校の国語教科書に使用されます。

 

 

九月十日 菅家後集 
  去にし年の今夜(こよひ) 清涼に侍りき 秋の思ひの詩篇 獨り腸(はらわた)を断つ
  恩賜(おんし)の御衣は今此に在り 捧げ持ちて日毎に餘香を拝す

※1年前の9月10日、清凉殿にいた時を思い出して書いた詩編。断腸の思いを詠む。大宰府において、東に向かって都で賜った御衣を捧げ持ち、余香を毎日かいでいる。

菅原道真公掛軸は大宰府に流され、失意の時に東(御所)に向き、醍醐天皇より頂いた衣服を捧げている場面です。実際の生活は貧苦にあえいでおり、みすぼらしい建物だったようです。

 

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孔柏基の観音図「宝珠」

スピリチュアルに一時期凝った友人より、断捨離としていただいた巧芸品の絵です。

孔柏基(コンバンジー)の題名「宝珠」です。

敦煌の壁画から着想を得た作品で知られています。

 

 

孔柏基は中国の優れた画家ですが、日本ではスピリチュアルな作品として紹介されることもありました。

今でも販売されているようです。

 

友人が手放したのですから、この絵をいただいた私に、良い思いをさせてくれるとは思えません。

しかし、何かを感じる人もいるかも知れませんが、あまり期待しないことが必要です。

 

しかし、良い作品の写しをいただいたと思います。いずれ御本堂に飾ることにします。

 

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柿本人麻呂図

 

ほのほのと あかしのうらの あさきりに しまかくれゆく ふなをしそおもふ
ほのぼのと 明石の浦の 朝霧に 島隠れ行く 舟をしぞ思ふ

 

 

柿本神社が発行した古い掛軸です。

同じ和歌が書かれています。

 

 

柿本神社  兵庫県明石市人丸町1−26 地図               ホームページlink

 

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陶器の吉祥天

お世話になっている仏像マニアの方に、この陶器の吉祥天像か他の小さな像を差し上げる予定でいます。

取り寄せてみると意外に良い像でした。

 

 

吉祥天は鬼子母神の娘で、毘沙門天の妻と言われています。

七福神の中に弁財天がいます。吉祥天を七福神と共に祀ると、吉祥天が弁財天に焼き餅を焼くから、吉祥天を祀ってはいけないと言われているのだそうです。

仏像マニアには、この像になりそうです。

 

 

しかし、この画像を見ていると暫く置きたい気もします。

八王子七福神には吉祥天も祀られており、八福神になっています。

 

以前ご紹介した吉祥天の板絵です。弁財天も祀っていますので、焼き餅を焼いているかも知れません。

 

 

板絵の吉祥天ブログlink

 

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当寺掛軸 木花咲耶姫 の絵が使用されます。新春・美しき百人一首への旅

10月にテレビの制作制作会社ディレクターの方々がお見えになり、当寺掛け軸の木花咲耶姫画像使用を依頼されました。

『新春・美しき百人一首への旅』は、2012年から今までに合計9タイトルを放送しています。

 

日時が異なりますが、北海道から沖縄まで、27の放送局から放映されます。

関東での放送日は、MXテレビで2021年令和3年1月1日 16:00-16:15分の予定です。

今回は「富士・桜」に関する歌です。

 

 

似た絵がネットでは散見出来ます。おそらく同じ版木を使用しているのだと思います。

 

放送内容につきましては、詳しく述べることは出来ません。

 

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空海狂草図

懐素の草書は「狂草」として知られています。酒に酔い書き散らした伝えられています。事実はともかくとして、後世に名を残した人ですから、優れた書家であったことは明らかです。

 

「空海狂草図」掛軸は空海和上(弘法大師)の書が書かれているわけではありません。筆を持った弘法大師の後ろに描かれている煙のような描写が、狂草と表現される部分だと思います。

 

 

左の空海の文字以降は、狂草なのでしょう。

 

この図のお大師様の表情は、日本で知られる大師像とは大きく異なります。

やはり大陸的な表現なのだと思います。この図は自由な発想の元に描かれた狂草に通じる絵なのかも知れません。

 

 

 

 

下の図は額になっており別の狂草図です。本堂廊下のわかりずらい場所に掛けてあります。

 

 

気がつく人は、ほとんどいません。

 

時折御本堂に仏画などの掛軸を展示しています。

そのような場合は掛軸が便利です。

 

涅槃会の折には、掲げたいと思っています。

 

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石山寺の紫式部 源氏物語

この掛軸には題名がありません。しかし滋賀県大津市の石山寺で、源氏物語の構想を練っている紫式部だと思いました。

調べてみると滋賀県甲賀市のMIHO MUSEUMに「石山寺観月図」(土佐光起筆)がありました。

よく似た絵柄です。MIHO MUSEUM 「石山寺観月図」 ホームページlink

 

 

石山寺には西国33観音霊場巡りで、45年程前参拝しています。

紫式部が、ここで源氏物語の構想を練ったことを知りました。

 

 

どこかの博物館か美術館で、似たような掛け軸を観た記憶があります。

 

 

直観の雅号がありましたが、調べてみると該当する画家は分かりませんでした。

 

 

石山寺 滋賀県大津市石山寺1丁目1−1 ホームページlink

 

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善光寺阿弥陀三尊伝来縁起図などと絵馬図の掛軸

善光寺

善光寺をお参りしたのは三年前でした。

平日でしたが、かなり大勢の方々が参拝していました。

 

 

今年は新型コロナウイルスの為に善光寺だけでなく、不便な対応をしなくてはいけない寺社がたくさんあります。

 

善光寺式阿弥陀三尊図

このようなお姿が善光寺から発行されていました。

 

 

それを元に書かれた図です。

 

 

 

善光寺式阿弥陀三尊縁起図

善光寺如来が天竺から信州に伝来するまでを描いた版画の掛軸です。

 

 

善光寺に浄財勧進のため、全国に散らばった勧進聖が大勢いました。勧進聖はこのような掛軸を広げて、善光寺の功徳を説いたのでしょう。

その力によって善光寺阿弥陀如来に対する信仰が広がりました。

 

善光寺絵馬

上高井郡日滝村(現在の須坂市)の牧祥周という人が、夢に現れたお姿を自ら描きました。

 

 

善光寺塔頭の本覚院が発行したと思われます。

 

善光寺式阿弥陀三尊ブログlink

 

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