円泉寺便り

柿本人麻呂図

 

ほのほのと あかしのうらの あさきりに しまかくれゆく ふなをしそおもふ
ほのぼのと 明石の浦の 朝霧に 島隠れ行く 舟をしぞ思ふ

 

 

柿本神社が発行した古い掛軸です。

同じ和歌が書かれています。

 

 

柿本神社  兵庫県明石市人丸町1−26 地図               ホームページlink

 

←陶器の吉祥天               お水屋の花→

 

陶器の吉祥天

お世話になっている仏像マニアの方に、この陶器の吉祥天像か他の小さな像を差し上げる予定でいます。

取り寄せてみると意外に良い像でした。

 

 

吉祥天は鬼子母神の娘で、毘沙門天の妻と言われています。

七福神の中に弁財天がいます。吉祥天を七福神と共に祀ると、吉祥天が弁財天に焼き餅を焼くから、吉祥天を祀ってはいけないと言われているのだそうです。

仏像マニアには、この像になりそうです。

 

 

しかし、この画像を見ていると暫く置きたい気もします。

八王子七福神には吉祥天も祀られており、八福神になっています。

 

以前ご紹介した吉祥天の板絵です。弁財天も祀っていますので、焼き餅を焼いているかも知れません。

 

 

板絵の吉祥天ブログlink

 

←木花咲耶姫 の絵がテレビで使用されます              柿本人麻呂図→

 

当寺掛軸 木花咲耶姫 の絵が使用されます。新春・美しき百人一首への旅

10月にテレビの制作制作会社ディレクターの方々がお見えになり、当寺掛け軸の木花咲耶姫画像使用を依頼されました。

『新春・美しき百人一首への旅』は、2012年から今までに合計9タイトルを放送しています。

 

日時が異なりますが、北海道から沖縄まで、27の放送局から放映されます。

関東での放送日は、MXテレビで2021年令和3年1月1日 16:00-16:15分の予定です。

今回は「富士・桜」に関する歌です。

 

 

似た絵がネットでは散見出来ます。おそらく同じ版木を使用しているのだと思います。

 

放送内容につきましては、詳しく述べることは出来ません。

 

←空海狂草図               陶器の吉祥天→

 

空海狂草図

懐素の草書は「狂草」として知られています。酒に酔い書き散らした伝えられています。事実はともかくとして、後世に名を残した人ですから、優れた書家であったことは明らかです。

 

「空海狂草図」掛軸は空海和上(弘法大師)の書が書かれているわけではありません。筆を持った弘法大師の後ろに描かれている煙のような描写が、狂草と表現される部分だと思います。

 

 

左の空海の文字以降は、狂草なのでしょう。

 

この図のお大師様の表情は、日本で知られる大師像とは大きく異なります。

やはり大陸的な表現なのだと思います。この図は自由な発想の元に描かれた狂草に通じる絵なのかも知れません。

 

 

 

 

下の図は額になっており別の狂草図です。本堂廊下のわかりずらい場所に掛けてあります。

 

 

気がつく人は、ほとんどいません。

 

時折御本堂に仏画などの掛軸を展示しています。

そのような場合は掛軸が便利です。

 

涅槃会の折には、掲げたいと思っています。

 

←石山寺の紫式部 源氏物語               木花咲耶姫 の絵がテレビで使用されます→

 

石山寺の紫式部 源氏物語

この掛軸には題名がありません。しかし滋賀県大津市の石山寺で、源氏物語の構想を練っている紫式部だと思いました。

調べてみると滋賀県甲賀市のMIHO MUSEUMに「石山寺観月図」(土佐光起筆)がありました。

よく似た絵柄です。MIHO MUSEUM 「石山寺観月図」 ホームページlink

 

 

石山寺には西国33観音霊場巡りで、45年程前参拝しています。

紫式部が、ここで源氏物語の構想を練ったことを知りました。

 

 

どこかの博物館か美術館で、似たような掛け軸を観た記憶があります。

 

 

直観の雅号がありましたが、調べてみると該当する画家は分かりませんでした。

 

 

石山寺 滋賀県大津市石山寺1丁目1−1 ホームページlink

 

←善光寺阿弥陀三尊伝来縁起図など               空海狂草図→

 

善光寺阿弥陀三尊伝来縁起図などと絵馬図の掛軸

善光寺

善光寺をお参りしたのは三年前でした。

平日でしたが、かなり大勢の方々が参拝していました。

 

 

今年は新型コロナウイルスの為に善光寺だけでなく、不便な対応をしなくてはいけない寺社がたくさんあります。

 

善光寺式阿弥陀三尊図

このようなお姿が善光寺から発行されていました。

 

 

それを元に書かれた図です。

 

 

 

善光寺式阿弥陀三尊縁起図

善光寺如来が天竺から信州に伝来するまでを描いた版画の掛軸です。

 

 

善光寺に浄財勧進のため、全国に散らばった勧進聖が大勢いました。勧進聖はこのような掛軸を広げて、善光寺の功徳を説いたのでしょう。

その力によって善光寺阿弥陀如来に対する信仰が広がりました。

 

善光寺絵馬

上高井郡日滝村(現在の須坂市)の牧祥周という人が、夢に現れたお姿を自ら描きました。

 

 

善光寺塔頭の本覚院が発行したと思われます。

 

善光寺式阿弥陀三尊ブログlink

 

←薬師三尊の掛軸               石山寺の紫式部 源氏物語→

 

薬師如来三尊図

薬師三尊の掛軸です。

十三仏全ての仏像をお祀りすることが出来ましたが、合わせて掛軸も揃えることにしています。

薬師如来は七七日(49日)忌担当の仏様です。七七日忌は行き先の定まる日として、御法事も特に重要視されています。

ただし浄土宗や浄土真宗などでは、亡くなると阿弥陀さまが西方極楽浄土に連れて行ってくれるとしますので、十三仏は重要視されていません。

 

 

かなり大きな掛軸ですが、残念なことにお顔の部分などに汚れがあります。

 

 

 

右脇士に日光菩薩(にっこうぼさつ)、左脇侍に月光菩薩(がっこうぼさつ)

 

日光菩薩

 

月光菩薩

 

お薬師さまの廻りには五体の仏さまが描かれています。

薬師寺の薬師如来の廻りとは異なる姿の仏さまでした。

 

 

薬師如来は病気平癒や怪我などに対して、お祈りする人が多いと思います。

国分寺のほとんどの御本尊は薬師如来ですが、当時は鎮護国家を祈願する寺として祀られていました。

それだけ力のある仏様として、いまでも信仰されているわけです。

 

←普陀大仕(観音菩薩)拓本               善光寺阿弥陀三尊伝来縁起図・絵馬図の掛軸→

 

普陀大仕(観音菩薩)拓本

中国の普陀山に伝わる普陀大仕(観音菩薩)の拓本と思われます。

日本から中国へ渡った慧萼(えがく)が、日本に帰国しようとした際、船が進まなくなりました。

五台山から日本に招来しようとした観音菩薩(一説には画像)を降ろすと船が進みました。観音菩薩が日本に渡ること拒んだと思い、この地に寺を建立して安置したと伝えられています。

普陀山は仏教における四霊山の一山で、中国有数の霊場となっています。四霊山ウィキペディアlink

 

普陀山ウィキペディアlink                 恵萼ウィキペディアlink

 

 

この図は明萬暦戌申年(1608)に普陀山楊枝庵に刻まれました。現在は楊枝禅院となっているようです。楊枝禅院link

 

 

普陀山は知っていましたが、日本の恵萼が開山とは思いませんでした。

恵萼が祀った観音菩薩とは異なるかも知れませんが、素晴らしい拓本と思います。

 

←高養寺 埼玉県入間市                 薬師如来三尊図→          

 

曹洞宗 高養寺 埼玉県入間市

かつて寺竹は金子村に属していました。現在は入間市なっています。

天正15年(1587)に亡くなったた金子筑後守家定による開基です。

全国にいる金子姓は金子村が大元になっています。特にこの金子地区に多い姓です。

 

 

落ち着いた雰囲気の寺院でした。

2基の六面六地蔵石幢が祀られていました。

 

 

西脇には白山堂が祀られています。

 

 

寺の周りには地名と同じように、たくさんの竹が繁茂していました。

 

高養寺 埼玉県入間市寺竹1022 地図リンク

 

←長久寺 旗本 土屋氏の墓 埼玉県入間市               普陀大仕(観音菩薩)拓本→

 

ページ上部へ