円泉寺便り

真言宗智山派 光明寺 埼玉県ときがわ町

光明寺は当寺と同じ真言宗智山派に属しています。

光明寺のfacebookを見て、参拝することに致しました。  光明寺facebook link

 

 

御住職が庭で伐採した樹木を片付けていました。お顔を見ると数十年前に何度かお見かけしています。

私のことは知らないと思いましたが、お声を掛けさせていただきました。

 

 

すると手を休めて庫裏の縁側で、お茶とお菓子を出していただき、お話をさせていただきました。

越生の法恩寺御住職が務めた埼玉十一教区長を引き継ぎ、四期も務めていたそうです。信頼されていたことが分かります。

お話をすると私の知っている御住職の話が次々と出てきます。

 

境内も高齢でありながら、副住職山と二人で整備しているようです。私にはもとてもできません。

先日の大風で落ち葉が大変だったようです。毎日木の伐採や落ち葉は木など、忙しそうです。

 

天正18年に出された前田利家の貴重な文献も残されています。

 

 

 

お墓の入口には地蔵菩薩や如意輪観音の石仏が祀られていました。

 

 

六地蔵石幢

 

如意輪観音

 

お寺に猿田彦の石碑は初めて見たように思います。

どこからか移されてきたのかも知れません。

 

 

光明寺 埼玉県比企郡ときがわ町玉川3017 地図リンク

 

←ままごと屋で昼食              境内の梅花→

 

真言宗系単立 成田山清宝寺 東京都青梅市

成田山の分院は各地にありますが、必ずしも真言宗智山派ではありません。

醍醐派、豊山派の後に単立となった修験の寺です。

 

開山は宇多天皇の御代ですので、かなり古い歴史がありますが、詳しい記録は残されていません。

成田山不動明王の御分身を祀って成田山を名乗りました。

 

 

 

石仏が祀られていましたが、線刻の不動明王でした。

山城國大本山三寳院門跡とありましたので、醍醐派時代の石仏と思います。

 

 

 

清宝院は青梅七福神の内、恵比須尊を祀ります。

 

 

向かって左が稲荷、右が牛頭天王のお社です。

 

 

毎年境内では火渡りの儀式が行われます。

 

成田山清宝寺 東京都青梅市大柳町1203 地図

 

 

ままごと屋で昼食 東京都青梅市

青梅市内の寺院などを廻り、この日の昼食は「ままごと屋」の「豆らく」にしました。

 

一人の時は庭園の安いランチなのですが、少し豪華にしました。一人で食べているのは、私だけでした。

ゆばと豆腐の上品で洗練された味が楽しめます。

 

ままごと屋は、コロナのためか休みです。

いつもの人出より、かなりす少ないですので、無理もないのでしょう。

橋を渡ると対岸に出られます。

ここでのランチは低額ですが、豆らくと比べても味に差はりません。気軽に食べられます。

 

川の向かいには「櫛かんざし美術館」があります。豪華な櫛や簪が収蔵されています。

残念ながらコロナのためでしょう。休館中です。

一昨年行ったときのブログです。ブログlink                櫛かんざし美術館ホームページlink

 

川の向かいには寒山寺があります。

 

対岸では若い人たちがいました。

以前はカヌーに興ずる人がいましたが、カヌーではなさそうです。

 

ままごと屋は清酒「澤乃井」のメーカーである小澤酒造が経営しています。

ままごと屋の庭園からトンネルを通って、行くことが出来ます。

 

ままごと屋 東京都青梅市沢井2-748 地図link                            ままごと屋ホームページlink

 

真言宗豊山派 薬王寺の紅梅白梅と寒桜 東京都青梅市

薬王寺は南北朝の頃創建で、御本尊は薬師如来です。足利尊氏の創建とも伝えられています。

現在は真言宗豊山派に属しています。

 

ツツジや五月で知られていますが、今の時期は紅梅白梅が咲いています。

手入れが大変だと思います。

 

 

良いときに訪れたと思いました。

 

たくさんのツツジや五月が庭園の南側に植えられています。

花が咲く頃は駐車場も満杯になってしまうのではないかと思います。

 

しだれ梅が墓に向かう途中にありました。

 

 

くりから不動明王の石仏に会いました。青梅市内には何カ所か祀られています。

 

境内西の山上には不動堂がありました。

前の広場が広いので、何かの催しが行われるのかも知れません。

 

ツツジや五月の間を廻りながら、どのように咲くのだろうかと、思い巡らせながら歩きました。

 

 

寒桜と思います。これを書いている頃は満開になっているでしょう。

 

薬王寺 東京都青梅市今井1−2520地図link             薬王寺ホームページlink

 

青梅宿 津雲邸で「ひな祭り展」令和3年2月11日(木) ~ 3月28日(日)

青梅市内の寺社を散策するつもりで調べていると、津雲邸で現在「ひな祭り展」を開催していました。

期間は2月11日から3月28日までです。

 

 

津雲邸は昭和3年から22年にわたり、参議院議員を務めた津雲國利氏(1893-1972)により建設されました。
現在は登録有形文化財に指定されています。

建物は選び抜かれた材木が使用されており、釘が一本も使用されていません。

 

 

近くでは撮影できません。許可をいただき入口で撮影させていただきました。

ここでは丁寧な説明がありす。知らない事ばかりでしたので、ゆっくりと見学することが出来ました。

 

 

皇室の方が大正天皇よりいただいた夫婦びなや江戸時代につくられた有職雛、極小雛道具などが展示されていました。
江戸時代の極小雛道具などは、一式で家が建つほどの価格であったそうです。
正面の屏風は上野の寛永寺を描いています。江戸末期の貴重な作品です。

二階や他の部屋にも、貴重なひな人形や掛軸がありました。他にも貴重なものが残されています。

 

 

つくばいには蛙がいました。隣の向かいの延命寺にも蛙像があります。

 

帰りに猫の土鈴を求めました。猫好きの友人へのプレゼントです。

 

 

北側に駐車場があります。三台駐められます。私は他の寺社を巡りましたので、近くの有料駐車場に駐めました。

 

津雲邸  東京都青梅市住江町72−2 地図link

津雲邸ホームページlink

 

市内の「日向和田臨川庭園」は津雲國利氏が所有していました。青梅市に寄贈され公開されています。

後日見学に行くつもりです。

日向和田臨川庭園 東京都青梅市日向和田2丁目285 地図リンク

 

 

臨済宗 宗建寺 東京都青梅市

先ほど訪れた延命寺のすぐ近くにあるのが臨済宗建長寺派の宗建寺です。

ここも延命寺と同じく、浄土宗から臨済宗に代わっています。

 

こちらも青梅七福神の毘沙門天を祀ります。

今年はコロナのために、青梅七福神は御朱印を停止しています。

 

延命寺には小さな五重塔がありましたが、ここでは三重塔です。

 

よく整備された庭園です。

白い御堂には建物には、青梅七福神ではありませんが、弁財天が祀られています。

 

弁財天の前には立派な庚申様石像がありました。

 

他の寺院に向かうと宗建寺の別院がありました。ここでは彫刻と水墨画の教室が開かれているようです。

 

 

宗建寺 東京都青梅市千ヶ瀬町6丁目734  地図link                 ホームページlink

 

臨済宗建長寺派 延命寺 東京都青梅市

初代住職が応安2年(1369)に創建しました。近くの住吉神社も同時に迎えています。

浄土宗でしたが、現在は臨済宗建長寺派になっています。

青梅市には、他宗旨から臨済宗に代わった寺が数ヶ寺あるようです。

 

道路に面した場所には、お地蔵さまや如意輪観音の石仏が祀られていました。

 

御本尊は釈迦如来を祀ります。

青梅七福神札所となっていますが、大黒天はは御本堂に祀られています。

 

紅梅がきれいでした。暫くするとハクモクレンが咲き出します。

 

臨済宗ですが、浄土宗であった頃の名残で、吞龍上人を祀る御堂がありました。

 

境内の椿の下には蛙像があり、ピンクの花が落ちて風情がありました。

 

延命寺 東京都青梅市住江町82 地図link

住吉神社 招き猫 猫の恵比須大黒 東京都青梅市

住吉神社は駅から歩いてすぐの場所にあります。
創建は近くの延命寺住職の開創(応永2年1369)になります。旧青梅村の総鎮守でした。

 

参道に入ると招福殿があり、招き猫が祀られていました。

 

階段を登ると左右に猫の恵比須大黒象が祀られています。

「猫町」として青梅市は招客を図っています。町にふさわしい御尊像ですが、あいにくコロナのために各寺社や商店街は人がまばらでした。

この年になると長い階段は苦しくなります。

 

御本社に参拝してから、境内を散策しました。

御本社の左右には筆塚が何基かあり、青梅市の文化がたかかさたことが知れます。

 

正面の石も筆塚碑です。

 

本殿拝殿共に優れた建築物だと思いました。

 

この後は神社裏から青梅線の線路伝いを歩きました。青梅鉄道公園なども距離は少しありますが、線路を渡り向かうことも出来ます。

電車が過ぎ去り、青梅駅に向かっています。

 

住吉神社  東京都青梅市住江町12  地図link

 

愛宕神社 東京都青梅市

愛宕神社は元慶年中(877-884)に即清寺が創建したといいます。

また、平将門の子孫と言われる三田氏の居城である辛垣城(からかいじょう)の鎮護として創建されたとも伝えられています。

辛垣城は北北東の方角、約700メートルの所にありました。

 

桜やツツジの頃が見頃のようです。

 

ここの階段は「出世の階段」と言われているそうです。

写真で見ると大したことがないと思うしょうが、私にとっては厳しい階段でした。

 

おそらく右手奥の山が、辛垣城跡だと思います。

 

これ以上に足腰が弱らないよう祈りました。

ここよりさらに山頂を目指していたのですが、途中で引き返しました。片道約二時間半もかかるようです。

 

 

途中の景色です。

 

即清寺の四国霊場があります。

 

八十八番まで参拝し、下山致しました。

 

愛宕神社 東京都青梅市柚木町1丁目 地図link

 

吉川英治記念館 東京都青梅市

以前にも何度か梅の花が見頃の頃、ここに訪れています。

吉川英治が戦時中に疎開先とし、9年5カ月住みました。「宮本武蔵」や「私本太平記」などの作品でよく知られています。

吉川英治ウィキペディアlink

昭和52年より記念館として運営されていましたが、昨年に青梅市の施設として運営されることになりました。

 

先ずは受付を済ますと母屋を見学しました。

展示館以外は撮影が可能ですので、百枚近く撮影しました。

 

栄治がここや洋館で原稿を書いていました。

 

多くの作品が本棚に置かれています。

 

屋敷の庭園を見学です。

 

 

ここには貴重な原稿や手紙などが展示されていました。

ビデオでは貴重な情報が流れてきます。特に奥様の映像が記憶に残りました。

 

展示館を見学後、また広い庭園を散策しました。

手入れや掃除が大変だと思います。

 

吉川英治記念館 東京都青梅市柚木町1丁目101−1 地図link                  吉川英治記念館ホームページlink

 

ページ上部へ