円泉寺便り

戒名探偵 卒塔婆くん 僧侶の必読書

 

戒名関連の本を検索していると高殿円著「戒名探偵 卒塔婆くん」が出てきました。
 
発行元のカドカワには、何と本の内容4編の内、2編が無料で読めました。
江戸時代の戒名の謎を読本です。
 
有難いことに戒名の知識も得られます。KADOKAWA link
 

 

KADOKAWAのサイトだけでも良かったのですが、他の2編も読みたくなりました。
僧侶の必読書と言ってもおかしくありません。
 
 
私のブログで良く読まれているのが、「戒名こぼれ話 上座」です。link
毎日のように読んでいただいているようです。
この本も役に立つでしょう。
 
ぜひお買い求めください。
内容は面白おかしく書いてありますが、僧侶にとっては内容の濃い本だと思います。
 
耳が痛くなる文章や、僧侶の将来への不安も少し書かれています。
 
 

 

 

 

 

国立科学博物館 日本を変えた 千の技術博展

出島や松前藩だけでなく広く門戸を開いて維新をむかえ、海外から一気に新しい学問や技術が入ってきました。

パンフレットを見るだけでも、新しい流れの一部を改めて見直すことが出来ます。

 

まず大事であったのが、新しい文化を入れる器でした。

各地に学校を開き、教育に力を入れました。女子にも門戸を開きましたが、割合は少なかったようです。

昭和30年代、私が子供の頃でさえ、文字の読めないお婆さんがいました。

 

海外から、お雇い外国人を招いて、技術や教育の育成にも力を注いでいます。

しかし、元々学問は大事にされていましたので、たちまち知識や技術を吸収していきました。お雇い外国人もグンと少なくなりました。

 

尺貫法が改訂され、キロやメートルの単位となりました。

上の画像が、重さ、長さを基準とする標準器を運んできた器です。

 

その内、世界中の機器よりも優れた物が日本人によって開発されるようになりました。

今でも企業として残る東芝などが、日本を牽引していたのです。

 

蚕はヨーロッパなどで病気が流行り、日本産の糸が海外に輸出されただけでなく、織物も徐々に力を着けていきました。

日本における重要な輸出品でした。鉱業における銀や銅の輸出も大事な産業です。

 

通信機器の発達は地域だけでなく、日本中に繋がっていきました。

 

精密機器に必要なコーツは、海外より二桁も精度の高い技術が開発されています。

 

それらの沢山の技術の開発が行われたのは、誰でも読み書きが出来るようになった学校制度です。

今の日本の発展は、多くの人々の勤勉さと努力のお陰とだったのです。

 

ルーベンス展 西洋美術館

上野の国立西洋美術館では、ルーベンス展が開催されています。ルーベンス展

このような重厚な作品群は苦手なのですが、さすがルーベンスはすごいと思いながら廻りました。

 
若きルーベンスが、1600年から8年間、イタリアで古代彫刻やミケランジェロ、ラファエロらの作品を模写・吸収し、力をつけました。ちょうど江戸初期です。
 
イタリアにのこした作品を中心に展示されていますが、その頃から超一流の画家だったことが分かります。
 
ベルギーに帰ると大工房を運営しました。そこから出て、名をなした画家もたくさんいます。
 
残念ながら中は撮影できません。
 
 
外に出ると銀杏とロダンの作品が、楽しませてくれました。
 

かなりの人出でしたが、さらに土日には大変なことになりそうです。

寛永寺開山堂両大師参拝

天台宗別格本山寛永寺は徳川家の菩提寺ですが、江戸期は天台宗関東総本山と言われていました。

初代は有名な天海僧正です。

上野戦争で多くの伽藍を焼失してしまいました。

寛永寺開山堂   東京都台東区上野桜木1丁目14−11      開山堂link   

 

寺に面した通りの両側には、何台もの観光バスが駐車しています。

 

女性二人が本堂でお参りしていましたが、お二人とも御朱印帳を持っています。

山内寺院の御朱印を巡るコースになっています。

不忍池弁天堂と清水観音堂は多くの参拝者を見ますが、普段は閑散としています。

 

本堂の御本尊は、慈眼大師・天海大僧正と慈惠大師良源大僧正です。

中でお参りさせていただきました。

御本尊はお参りできませんでしたが、お前立ち本尊として、如意輪観音さまが祀られています。

 

阿弥陀堂は御本尊・阿弥陀如来、その前に地蔵菩薩と虚空蔵菩薩が祀られていました。

 

 

隣の輪王殿です。

 

こちらは葬儀斎場として利用されているようです。

以前お参りに来たときは、たくさんの弔問客で溢れていました。両大師にまでかなりの人がいましたので、諦めて帰ったことがあります。

 

急に寒くなりました

歳と共に寒さが身にしみます。

子供の頃は半ズボンでも平気だったのに。

参道の銀杏は、ほとんど散りました。

黄色い葉の絨毯です。

以前は子供達が、手のひらに一杯とり遊んでいましたが、落ち葉で遊ぶ子はほとんどいません。

寒くとも墓参りの方々は、大勢います。

四季の移り変わりを楽しんでください。

西澤宮司の講演 真言宗豊山派仏教青年会千葉三号

 

2018/12/8日日曜日、真言宗豊山派仏教青年会千葉三号の皆様にお招きいただいた、当寺天神社宮司・西澤形一師の講演がありました。

大変良い内容ですので、掲載させていただきました。

 

当日の講演 link

薬祖神の掛軸

神農は医薬と農業の神様だそうです。以前この画像をネットで見て、まったく知らない神様でありながら、中国では大切にされていたことを知りました。神農

特に漢方薬業者や医療関係者、交易関連の方が信仰していたようです。

 

日本では神農大帝として、香具師やテキ屋に信仰されていたそうです。イメージが湧きません。

 

 

日本においては、湯島聖堂の神農堂に祀られているそうです。湯島聖堂の神農堂

一度お参りに行ってこようと思っています。

 

三宝荒神

三宝荒神は、日本独特の仏様です。三宝荒神Wikipedia

各地に出かけると、この仏様の石仏をたくさん見ます。

20代に宝塚の清荒神をお参りした事があります。竈の神として信仰されていました。清荒神

 

また、庚申としても同じ三宝荒神を祀っていたようです。

庚申の日に三尸虫(さんしのむし)から身を守るために、60日に一度、寝ずに過ごす風習があったそうです。この掛軸はこの時に使用されたのではないかと思います。三尸虫Wikipedia

私が各地で見る庚申塔は、庚申講の石像のようです。

 

 

以前撮影した荒神様の一部です。

寄居町 少林寺

 

児玉町 成就院

 

私は石仏を見ることはあっても、どのような事で信仰されていたことは知りませんでした。

いまでも荒神講・庚申講がある所もあるようです。

 

チベットの仏画? おそらく五仏

敦煌の壁画だそうですが、明らかではありません。

左からチベットの阿閦如来、宝生如来、大日如来、阿弥陀如来、不空成就如来の五如来のような気がします。

 

 

何時の時代なのかも不明です。

本物なら西域の壁画からはぎ取った絵でしょう。

 

 

泉屋博古館分館の虎食人卣

泉屋博古館で開催されている「神々の 宿る器」展に行ってきました。

私もここの真ん中に大きく表示されている虎食人卣と似たものを持っています。

気になり出かけてきました。

東京都港区六本木1丁目5−1  泉屋博古館分館    神々のやどる器「中国青銅器の文様」 link          

中は撮影禁止ですので、リンク先を見てください。

パンフレット

 

ただし、他にも沢山の青銅器が展示されています。

 

ちなみに私の虎食人卣です。

 
約束事があるようで、文様は浅いですが、共通しているようです。
頭の上の蓋には鹿。取って手の付け根は獏。龍の尻尾が人を抱きかかえているように見えます。
背面は足と羊の角を持った饗餮だそうです。

 

泉屋博古館とは残念ながらね比べものになりません。

 

冬桜が満開でした。

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