円泉寺便り

香林火雷神社 群馬県伊勢崎市

室町時代より「境野家」の氏神として「太郎宮」が建立されていました。

群馬県は雷が多く、明治12年に火雷(からい)神社と改称されています。

 

 

鳥居の額には「泰?宮」とあります。室町時代より「太郎宮」と言われていたそうですが、異なるようです。

二文字目が分かりません。「菎」とも異なるようです。

 

 

境内には「摩利支天尊」が祀られています。

各地の摩利支天尊は、勝負の神として知られているところが多くあります。

 

 

中には各地の摩利支天尊と同じく、木刀が納められていました。

剣道だけで無く、柔道・受験・選挙などの勝負事?に買った祝いに、木刀を納めているところが多くあります。

 

火雷神社  群馬県伊勢崎市香林町2丁目甲789  地図リンク

 

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岩宿遺跡 群馬県みどり市

昭和21年に相沢忠洋氏が、関東ローム層の下から1万5000年前以上前の石器を発見する前は、日本に旧石器時代は無かったと思われていました。

昭和24年夏には、黒曜石で出来た石槍を発見しています。

相沢忠洋氏の銅像の前を通り、岩宿観察ドームに入りました。

 

 

相沢忠洋氏の発掘写真です。実物の関東ローム層が年代順に重なっているのが分かります。
明治大学との発掘調査でも大きな発見が続きました。

その後各地で旧石器時代の遺跡が発見されています。

 

当時の生活がよみがえります。

 

 

盛んに赤城山が噴火していた時代でした。苦しい生活だったと思います。

 

次に岩宿博物館は現代的な建物です。ドームの近くにあります。

 

 

中には発見された石器などが展示されています。ナウマンゾウなどの化石も展示されていました。

 

 

旧石器時代の生活が、ドームや博物館見学でわかりやすく説明されています。
日本が大陸と繋がっていた時代の貴重な遺跡です。動物を追いながら人々も入ってきていました。おそらく私たちの先祖にも繋がっていると思います。

黒曜石は地元では手に入らない石です。交易があったことは間違いありません。文化も交流したのでしょう。

意思を示すための共通する言葉が、あったのではと思います。

 

岩宿遺跡 群馬県みどり市笠懸町阿左美1790番地1 地図                岩宿博物館ホームページlink

 

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木枯らし紋次郎 三日月村 群馬県太田市

木枯らし紋次郎といっても、若い方は知らない人が多いと思います。笹沢佐保原作で、中村敦夫が主演しました。昭和47年(1972)のテレビで放映です。

股旅姿で長い楊枝を加え、「あっしには関わりのないことでござんす」の台詞、上條恒彦が歌った主題歌「だれかが風の中で」も思い出されます。

木枯らし紋次郎ウィキペディアlink                       だれかが風の中でYouTuber

 

表関所で入場料を払い、中で使用する20文を2000円で両替しました。

 

 

まずは資料館に入りました。

 

 

笹沢佐保氏・紋次郎などの映像が流れます。

 

 

雑貨屋が二件ありました。

 

 

 

先ずは受付で入場券に判を押していただき、怪異洞探検です。

絡繰屋敷は休止中でした。

 

 

 

足の跡に足を揃えると扉が開きます。

 

 

宝くじが当たりますようにと、1文を賽銭箱に入れました。

また外れますね。

 

 

 

不思議土蔵は20度の傾斜で作られています。

なんてこと無いと気軽に考えていましたが、まっすぐに歩けません。

廻りが囲まれていなければ、タダノ傾斜です。

 

 

 

私の感覚では、このように見えるのですが、実際は女性が垂直に立っているのです。

私の体は20度以上斜めになっている感覚でした。やっとのこと立っていました。

 

ボールが上に登っていきます。

 

 

紋次郎の生家です。

酷いあばら屋でした。赤城おろしで寒い思いをしたでしょう。

 

 

旅籠の中です。二階にもきれいなお姉さん(マネキン)が待っています。

 

 

ここではおでんを食べました。5文です。

 

 

双体道祖神の石仏などが祀られています。

 

 

 

白馬堂では本物の賽銭を入れます。

 

 

帰りには表関所で、使用しなかった銭を両替しました。おでん以外は、ほとんど使用しませんでした。

意外と楽しめる場所でした。

斜面の場所もありますすから、足腰に自信の無い方は、一人では来ない方が良いでしょう。

 

この後にすぐ近くのスネークセンター見学も予定していたのですが、他の場所へも行くつもりでしたので断念しました。

蛇が苦手なだけですが。          スネークセンター ホームページlink

 

※北関東自動車道に太田強戸スマートインターチェンジが出来て、便利になっています。

 

三日月村  群馬県太田市藪塚町3320 地図リンク             三日月村ホームページlink

 

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新田触不動尊 高野山真言宗 西慶寺 群馬県太田市

以前他の新田触不動尊を参拝したのですが、郷土史の方はこちらが本家本元だと話しているそうです。

新田家の祈願寺でしたので、間違いないでしょう。

 

 

境内には多くの木が植えられています。四季折々に楽しめる寺です。

 

 

梵鐘は太田市指定文化財になっており、新田触不動尊の縁起が刻まれています。

不動明王が新田義貞鎌倉攻めのおり、越後国の新田一族に知られるために、天狗や山伏に化して触れ回ったと伝えられています。

このことにより援軍数百名馳せ参じました。

 

 

新しい御本堂が建立されていました。

 

 

こちらが触不動の御堂です。

 

 

境内の石仏です。

 

 

この石仏が残念ながら分かりません。

 

二十三夜塔は文化9年の造立です。

 

西慶寺  群馬県太田市烏山 上町1426−1 地図

西慶寺カフェ (ブログ) リンク

 

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妙義神社 群馬県富岡市

上毛三山の内、妙義山を御神体とする神社です。

 

 

かつて妙義神社近くの道路から、遠方でしたが岩肌を登る登山客を見たことがありました。

何カ所か鎖場があるそうです。

 

桜や紅葉の頃が一番の見頃でしょう。

 

 

総門につきました。

江戸時代後期の八脚門の代表的な遺構名のだそうです。重要文化財に指定されています。

 

 

 

廃仏毀釈以前は天台宗白雲山高顕院石塔寺が別当でした。

よく額と仁王像が残されていたと思います。

 

 

随神門です。

 

 

唐門は明暦の頃に建設されました。県の重文に指定されています。

 

 

門を潜り御本社を参拝します。

 

拝殿・御本社は国の重要文化財に指定されています。

日光を思い出します。

 

 

御本社の北には影向岩がありました。

岩の上には紅葉があり、下の隙間には石祠が祀られていました。

 

 

宝暦以前に波己曽社(はこそしゃ)は、本殿が出来る前には本社でした。県の重要文化財です。

 

 

以前宝物殿を見学させていただいています。

残念ながらコロナのため拝観停止となっていました。

 

 

総門北側には髙石垣が築かれています。石垣の上が、かつての高顕院御本堂でした。

 

 

 

妙義神社 群馬県富岡市妙義町 妙義 6 地図リンク              妙義神社ホームページlink

 

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伊勢山妙見宮 群馬県下仁田町

妙見菩薩を調べる過程で、今から17年前頃にお参りに来ました。

 

 

以前と異なるのが、奉納旗が多く立てられていることです。

 

 

扁額の文字は、前に行った黒瀧山不動寺住職の筆でした。

不動寺の札も祀られています。

 

 

伊勢山妙見宮甘楽郡 群馬県甘楽郡下仁田町下仁田 地図リンク

 

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黄檗宗 黒瀧山不動寺 群馬県南牧村

最初は山中にある不動寺ですから、てっきり密教系修験寺院と思っていました。

千年の歴史があり、中興開山潮音禅師の時、延宝3年(1675)に将軍綱吉が帰依し黄檗宗となりました。

かなり山中に入ります。大きな岩場が迫っています。

 

 

受付を通り、大きな杉の間を抜けて山門に至ります。

 

 

山丸三の紋がありますので、おそらく御嶽山の普寛行者だと思います。

江戸時代より、ここにも御嶽信仰があったのだと思います。

 

 

 

不動堂です。不動明王を祀ります。

 

 

こちらが御本堂になります。

 

 

御本堂の右脇は滝があり、不動明王が祀られていました。

 

 

ここの門を抜けると開山堂に至ります。

 

 

灯籠を四人の鬼が支えていました。

 

 

順が逆になりますが、鐘楼堂脇の釈迦如来を中心に、四方を守る四天王が祀られています。

四天王とは東方の持国天、南方の増長天、西方の広目天、北方の多聞天です。

 

 

黒瀧山不動寺ホームページlink

 

黒瀧山不動寺  群馬県甘楽郡南牧村大字大塩沢1267−1 地図リンク

 

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十二社神社 群馬県南牧村

十二社神社の御本体は、この大きな岩だと思います。南牧村には、アチコチに大岩があります。

元々は岩を神として信仰していたのではないでしょうか。

十二社神社とは、延喜式に書かれている上野国十二社を祀っているからかもしれません。
上野国の式内社ウィキペディアlink

 

 

階段の両脇には、色々な石仏が祀られています。

 

 

御本社脇の石祠です。

 

 

聖徳太子が祀られていました。

 

 

古い狛犬は右下に移されていました。

 

 

 

道路反対側の岩には石仏、石祠、灯籠がありました。

むかって右の石仏は弁財天です。

 

 

この神社に関する詳細は分かりません。

 

十二社神社  群馬県甘楽郡南牧村大塩沢 甲415−2 地図リンク

 

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熊野神社 群馬県南牧村

黒瀧山不動寺に向かう途中に石仏が見えました。

熊野神社です。

 

 

良い彫りの二十三夜塔です。勢至菩薩の御尊像と思います。

 

 

寛政元年(1790)9月の建立です。

 

 

他にも石祠などがありました。

 

良く掃き清められた気持ちの良い神社でした。

 

熊野神社 群馬県甘楽郡南牧村小沢1080 地図リンク

 

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長寿寺 埼玉県日高市

彼岸花で知られる巾着田のすぐ近くにあります。聖天院の兼務寺院です。

御本尊として釈迦如来像をお祀りしています。

 

 

御本堂前の入口に向かい合わせで、地蔵菩薩が祀られています。

六地蔵六面石幢

 

こちらの地蔵菩薩のお姿には、つい見とれてしまいます。素晴らしい石仏です。

 

 

二基の宝鏡院塔の内、向かって左側は、かなり立派な姿をしていました。

 

柿の木の下には墓石と小さな板碑がありました。

 

長寿寺 埼玉県日高市高麗本郷247  地図リンク

 

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