円泉寺便り

最後の将軍 徳川慶喜の墓

寛永寺から谷中霊園に向かいました。

普段の平日は人もまばらですが、かなりの人がでています。欧米から来られている方が多く見られます。

 

慶喜の墓は、先客が三組いました。

中央の桜並木の通りを行けば案内板がでており、間違いなく行き着くことが出来ます。

 

一人の方が色々説明をしています。まだ他にも明治以降の徳川家の墓があるようでした。

徳川慶喜の墓

 

正妻・徳川美賀子の墓

 

寛永寺御本堂

寛永寺の御本堂は、以前お参りしたときには、二三人しかお参りはいませんでした。

御朱印ブームで、若い方が外陣で並んで御朱印を待っていました。

 

優しいお顔のお地蔵様です。

 

御本堂の東脇から、寛永寺の墓地に向かいます。

この奥には歴代の将軍の墓があります。残念ながら一般の人は行けません。

谷中墓地にある最後の将軍・徳川慶喜のは、門扉が閉まっていますが、お参りが出来ます。

 

国宝 東寺―空海と仏像曼荼羅展 他 東京国立博物館

国宝 東寺―空海と仏像曼荼羅展

京都にいた頃も見られなかった仏様も展示されています。

東寺の国宝や重文など、超一流の仏様や書などが展示されていました。

国宝の帝釈天騎象像のみが写真が撮れました。近頃は一点のみ可能のことが多くなり、必ず写りの良いカメラを持っていきます。

多くの方々がスマホですが、やはり良いカメラにはかなわないでしょう。

私もスマホでも撮影しましたが、まあまあに撮れていましたので壁紙にしました。

 

 

 

特別展 御即位30年記念「両陛下と文化交流―日本美を伝える―」もありました。

内部は一切撮影できませんでしたが、天皇陛下の子供の頃、美智子様の養蚕作業の写真が印象に残っています。

 

平成館などでは、色々収蔵品が展示されています。

こちらは撮影可の品々が、多くありますので、かなりの枚数を撮してきました。

 

普段は入れない日本庭園が解放されていました。

 

博物館の旧因幡池田屋敷表門(黒門)前の桜も満開です。

 

上野公園は、人の波でした。

平日でありながら桜のメッカですね、土日はもっと人がでるでしょう。

 

境内の桜が、あと少しで満開になります。

今度の土日は、一番の見頃でしょう。

お墓参り方々、境内の散策を楽しんでください。

坂東札所 慈光寺 ときがわ町

天武天皇の2年(673)と役小角の伝承がありますので、かなり古くからある寺院であることは間違いありません。

坂東札所として多くの方がお参りに見えていますが、檀家をあまり持たない寺院ですから、維持管理も大変と思います。

坂道を登らず、急階段を登るのは大変なのです。

 

私が来たとき、先に来ていた参拝団は観音堂には行かず、そのまま本堂に向かい納経のようです。

慈光寺 埼玉県比企郡ときがわ町西平386 リンク     地図

 

数十年ぶりの参拝ですが、少しずつ記憶がよみがえってきました。

毎年4月第二日曜と4月17日に御本尊千手観音さまの御開帳が行われるです。

すぐ気がつくのが、天井から吊り下げられた、左甚五郎作と伝えられる「夜荒らしの名馬」です。

この木馬が畑を荒らしたために、天井に納められたとの伝承が残っています。

 

 

御本堂に上がり、参拝させていただきました。また、ご住職に宝物殿見学のお願いを致しました。

 

僧侶の像があると思ったら、僧形文殊菩薩像でした。

その他、徳川家康画像、天海僧正画像などが納められています。特に正面の大きな木像は、この寺の歴史を感じさせられます。

 

釈迦堂跡

私が初めて持光寺を訪れたときは、まだ釈迦堂は残されていました。

次に家内とお参りしたときは、残念ながら焼けた後です。

 

道路の脇には、歴代住職の石塔と板碑が並んでいました。

右の胎蔵界大日如来さま以外は、阿弥陀如来さまがほとんどだったと思います。

板碑の説明板にあった、江戸時代の絵図です。

廃仏毀釈の嵐は、大事な御堂や仏様、貴重な資料もたたき壊されてしまいました。

イスラムの仏教遺跡などを破壊したことに似た蛮行だったと思います。

 

霊山院 ときがわ町

霊山院は坂東札所になっている慈光寺の塔頭でした。慈光寺は天台宗ですが、霊山院は臨済宗です。

天台宗では、円、密、禅、戒の四宗兼学ですが、どのような経緯で臨済宗の寺院が塔頭となったのでしょう。

あとで調べてみたいと思います。

阿閦如来の種子ウーンの板碑は記憶がありません。いつもいい加減に見学していますので、どこかで見ているのかもしれません。

 

 

水琴窟がありましたので、水を掛けてみましたが、残念ながら私には聞こえませんでした。

耳が遠くなっているからかもしれません。

 

かなり高い位置にある寺ですから、まだ桜は蕾の方が多かったのですが、桃はきれいに咲いていました。

 

 

大野神社 埼玉県ときがわ町

大野神社は、かつての秩父七妙見の一社です。妙見菩薩を祀る山本坊配下の修験の寺でもありました。秩父七妙見リンク

左側には忠魂社が並んでいます。

 

大野神社    地図

大きな石碑は聖徳太子

忠魂社

 

すぐ近くには古民家が何軒もあります。

枝垂桜が一番の見頃です。ここだけでなく、アチコチに色々な桜が咲いていました。

 

近くには八王寺公園がありましたが、それほど年月が経っていないのでしょう、まだ木々は若くて勢いがあります。

近くには都幾川温泉があり、宿泊が出来るようです。

 

 

円城寺 小川町

大梅寺の二連板石塔婆を見た後、調べると円城寺にあることが分かりました。

他の寺も行く予定でしたが、今回の小川町寺院は終わりです。

 

ここの桜は満開でした。

 

目当ての二連板石塔婆が二基祀られていました。ただし上が平らです。

これらも鎌倉期です。

 

薬師如来の板石塔婆は、御本堂の厨子に祀られて元の形のままのようです。

円城寺  埼玉県比企郡小川町青山654

 

どこか忘れましたが、かなり以前です。ある寺の貴重な板石塔婆を見学に行ったとき、その場所に無いことがありました。しまい込まれたのか、盗まれたのか不明です。

東昌寺 小川町

枝垂桜か綺麗だと、前々から聞いていました。

しかし、残念ながら終わりかけていました。

混んでいるかなと思ったのですが、私の前に一台車があっただけでした。

後二組の御夫婦が散歩がてら見学していました。

 

 

クリスマスローズが、植えられていました。この花は長い期間咲くだけでなく、手入れも難しくないので、便利な花です。

でも、お寺にクリスマスはとかつては思っていましたが、私の寺にもあります。

 

何の花か、可憐な花が咲いています。

 

鐘楼堂脇の石像は、どのようないわれがあるのでしょうか。

仏像でも、羅漢でもなさそうです。

東昌寺  埼玉県比企郡小川町角山293

 

大梅寺 二連の板石塔婆 小川町

大梅寺は仁治3(1243)年の創建と伝えられています。

臨済宗から曹洞宗に変わりました。

境内はよく整備されています。

どこかの寺とは大違いです。

 

二連の板石塔婆は初めて見ました。

 

小川町下里・青山に鎌倉時代から戦国時代の板碑製作遺跡があるようです。link

板石の大生産地だったとは、知りませんでした。

今でも敷石や石垣などとして、利用されているようです。

 

墓には一般の家の板石石塔がたくさんありました。

小川町には、他にも石塔として利用されているところもあるようです。

大梅寺

ここにもそれほど古くなく、江戸、明治時代の石塔がたくさんあります。

 

木瓜の花が数本咲いていました。

小さな草花もアチコチに咲いたいました。

大梅寺  埼玉県比企郡小川町大塚470

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