円泉寺便り

小石川後楽園

昨日は後楽園駅をおり、小石川後楽園に行きました。

初めての場所と思っておりましたが、今から50年程前に来たようです。わずかに記憶が戻りました。

駅から一番の外れにあるのが入口です。

水戸家の屋敷跡ですので、都立公園としても優れた史跡です。

 

いつもより一週間以上遅れて、彼岸花が咲いていました。

 

黄門様はいましたが、助さんは格さんは不在でした。

 

東側に後楽園ドームが見えます。

 

公園内は彼岸花を撮影する人が、高級カメラを持っています。一番多いのがニコン、次にCanonでした。女性がフルサイズのSONYを使用しています。私は軽いFUJIです。

 

八卦堂跡

 

円月橋

 

通天橋

 

徳仁堂

 

園内は石の通路で歩きやすいのですが、雨の時は履き物に注意が必要です。

 

見学が終わり外に出ると、南側からドームシティに向かいました。

 

小石川後楽園展示室には、わずかですが発掘された石材、発掘中の写真が展示されていました。

 

南西側が正面入口です。ここは閉められています。門の紋、塀の瓦は水戸家の葵の紋ではありませんでした。

さらに東に向かい、ドームシティで開催されている「篠山紀信展」に向かいました。

 

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第1回 埼玉第11教区教化研究会

先日市内某所において、教区教化研究会が催されました。

当教区においては初めての開催になります。他の教区との合同研究会は何度かあります。

 

①先ずは、智山教化センターの山川弘巳師の「通夜・葬儀と教化の方策」

  • 色々な統計から見た現在の霊魂、葬儀に対する考えが年齢により大きく異なることが分かりました。私も実感しています。
  • 枕経、通夜、戒名、葬儀、風誦文、初七日法要、四十九日忌、年回忌など、説明責任と情報発信の必要性である。
  • 住職に拝まれたいと思う信頼関係の構築〈必須条件〉

     住職に拝まれたいと思う信頼関係の構築が、私には欠けた状況だと思います。

 

②教区長 観音寺ご住職の葬儀への取り組み

  • 死に対する別離の定め、通夜とは、葬儀とは、戒名とは、などを分かりやすく故人生前の人柄により、現代文による通夜回向文・風誦文に代わり式中に唱えている。通夜葬儀の読経も丁寧なようです。
  • 通夜葬儀後の御斎(おとき)にも積極的にでて、檀家さんとの間を大事にしています。

 

③明光寺副住職の取り組み

  • 喪主との打ち合わせを大事にし、戒名、風誦文の作成する。
  • 通夜式後の通夜・葬儀の説明、十善戒に照らした生活の必要性。
  • 寺葬を行う理由。

 

④突然明光寺副住職より私に指名があり、戒名の説明書の取り組みについて説明致しました。

  • 戒名説明書は故人への思い、通夜・葬儀の説明、必ず来世は良いところに行けますとの話をしている。
  • 風誦文は戒名の説明書を参列者にも、お渡ししていますので特別故人に合わせず、定型の文で唱えている。
  • 寺院葬を行うことにより、檀家の負担を減らす努力をしている。人数の制限があり、列席者35名までとしている。
  • 病気後の御斎は通夜のみにし、ドクターストップで御法事などの後は行けなくなった。

 

山川弘巳師だけでなく、明光寺副住職も私のホームページを読んでいただいていることが分かりました。私が教区講習会の講師をする構想もあったようですが、恥をかかないですみました。

 

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シロアリ対策

庫裏の屋根が台風で雨漏りをしました。

一番の原因は新築時の業者が間違って取り付けた天窓が原因でした。何度も雨漏りをしており、その都度来てもらったのですが、おざなりの対応だったようです。

一度は雨降りでした。

かなり腐っていた部分もあったそうです。

 

今回はリフォームを別の業者に依頼して天窓を取り払い、屋根も張り替えました。

その他諸々で経費も中途半端ではありません。

 

最後にシロアリ対策で、御本堂と庫裏に薬剤を散布していただきました。

御本堂は寺の経費から、庫裏は当家の負担です。

 

 

御本堂

 

庫裏

 

以前、御本堂からシロアリが発生しました。

江戸末期の建物ですので、特に定期的シロアリ対策が必要です。

調べると5年ごとでなく検査だけ行うことにより、必要に応じて対策と書かれていたブログがありましたが、後々後悔するよりは早めの対策です。

 

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お花がいっぱい

お彼岸中ですので、境内のアチコチにお花を手向けました。

檀家さんも手向けていただいた方がいるようです。

六地蔵

 

奥多摩新四国霊場 阿弥陀如来 弘法大師

 

弘法大師

 

御本堂

 

弘法大師

 

永代供養塔

 

ペット供養塔

永代供養塔は大勢の方が祀られています。ペット供養塔もたくさんのペットが祀られています。

ペットは納骨して、しばらくはお参りに来られます。毎年続けて来られる方は減っていきます。来られる方は新規の方が多いようです。

 

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今日の銭洗い弁天様

彼岸の二日目となります。土曜日でお彼岸お中日前々日ですが、かなりの方がお参りに見えてます。

弁天様に手を合わせる方も大勢いました。

 

お花も彼岸前に手向けました。

御本堂だけでなく、アチコチに仏様が祀られていますので、お花の数がかなり必要です。

 

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樒の花

当寺には大きな樒(しきみ)が2本あります。この木は観音堂脇の写真です。

新たに植えた物も2本あります。

葉を儀式に使用するのですが、大きな木は葉が小さいために役に立ちません。

しかし、花は大きくなってから出ないと咲かないようです。

 

 

もう少しすると花が落ちて白いジュウタンになります。

 

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ショウリョウバッタ

先日、境内の自然と生えた植物にショウリョウバッタが止まっていました。

言われて初めて気がつきました。

 

 

それにしても何という植物なのでしょう。

 

葉っぱに擬態しています。

 

メスのようです。

 

ショウジョウバッタとも言うようです。

ショウリョウバッタWikipediaリンク

 

稲荷鬼王神社 新宿区歌舞伎町                樒の花→

 

稲荷鬼王神社 新宿区歌舞伎町

以前お参りに来たのは15年以上前だったと思います。

歌舞伎町とは言いながら、かなり寂しげな神社でした。今は新大久保を中心とする韓国料理の店目当てで、多くの人が歩いています。

平将門の幼名「鬼王丸」からとったとの伝承があります。明治以降に将門公伝承を消したのかも知れません。

 

 

大勢の人がお祀り準備をしています。

以前来たときは、ほとんど人はいませんでした。

 

古い雑誌・赤い鳥の表紙がコピーされ掲示されています。

 

祭礼に使用される神輿です。

 

水琴窟が二ヶ所ありました。涼しげな音が手前の竹筒に水をかけるとします。

 

稲荷鬼王神社 東京都新宿区歌舞伎町2丁目17−5 地図

妙見菩薩 平将門 資料集 リンク

 

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鎧神社 新宿区北新宿

円照寺の後に鎧(よろい)神社に向かいました。

日本武尊が甲冑などを埋めた。あるいは平将門公が鎧を埋めたなどの伝承があります。

ここでは将門公は大事に祀られています。

近々祭礼があるようです。道路から神社に至る町内の通りに提灯が掛けてありました。

参道脇の天神社

 

稲荷神社

 

鎧神社  東京都新宿区北新宿3丁目16−18 鎧神社リンク       Wikipedia

妙見菩薩 平将門 資料集 リンク

 

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真言宗豊山派 円照寺 新宿区北新宿

円照寺は真言宗豊山派の寺です。写真家篠山紀信さんのご実家です。

大学のクラブの後輩に住職の娘さんがいました。

我々男子学生の中には「モデルになった?」と聞く人物もいました。期待しても子供の時に普通の格好で撮られただけと言っていました。

学生時代に伺ったことがありますが、すっかり様相が変わっています。

 

JR大久保駅の近くですが、新大久保だけでなく韓国の人が住み着いているようです。前方から来る母子が、母親は韓国語、子供は日本語で話をしていました。十分意思の疎通ができているようです。母親として母国語を忘れないようにしているのでしょう。

円照寺は豊山派の寺院ですから本山の牡丹に因み、たくさん植えられていました。

 

枝タレ桜と牡丹の頃が、一番の見頃なのでしょう。

 

閻魔堂です。

 

閻魔様、奪衣婆が祀ってありました。

 

次に行く鎧神社は、円照寺の境内だったこともあるようです。かつてはかなり広かったのでしょう。

円照寺 東京都新宿区北新宿3丁目23−2  地図      Wikipedia

 

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