摩利支天

泉岳寺 港区高輪

泉岳寺と言えば赤穂浪士を思い浮かべますが、今日は摩利支天を祀る寺としてお参り致しました。

春のご開帳に合わせて行く予定でしたが、あいにく用ができてしまい、お参り出来ませんでした。来年のご開帳にはお参りしたいと思っています。

 

高輪中学、高校の南門は、寺の境内から入るようになっていました。

 

境内図

 

縁起

 

四十七士のことは事実と異なることがあまりにも多く、演劇などで知られることとは、事実だけとは言えないようです。

浅野内匠頭長矩が吉良上野介義央に対して刃傷におよんだことは事実ですが、殿中で刀を抜いただけでも切腹間違いなし、お家断絶の時代でした。

饗応役として経費をケチったことは事実のようです。また取り調べの様子と言動が記録に残っているようですが、内匠頭の言動は意味不明すぎます。江戸の家臣達は内匠頭の変調を外にもれないよう、国元にも知られないよう苦労したのでしょう。かつてこの言葉を精神科医として判断した文章が「歴史読本」に記載してありました。

また、「戦国武将を診る」早川智著があるようです。リンク

吉良上野介を一方的に悪く言っていますが、地元では名君として知られていたようです。賄賂が少なかったと言いますが指導料です。

浪士の墓入口

水琴窟

 

浪士の墓には多くの方が来られ、お線香を手向けています。欧米系の方も手向けていました。

 

大石内蔵助の墓

 

大石主税の墓

 

曹洞宗 泉岳寺  東京都港区高輪2丁目11−1 ホームページlink

東京都埼玉県の摩利支天 リンク

 

  森美術館塩田千春展                   真言宗豊山派円照寺 新宿区北新宿→                       

妙善寺 摩利支天 東京都港区

日蓮宗妙善寺は江戸時代には、摩利支天をお祀りする寺として広く知られており、祭礼には多くの参列者で賑わいました。

現在も御祈願を受け付けているようです。

道を挟んで反対側には、六本木ヒルズ森タワーがあります。

妙善寺は寺の入口がビルとなっていました。このビルも妙善寺の建物なのでしょう。

 

御本堂の下は池になっており、滝からは大量の水が流れ落ちています。

 

池には多くの錦鯉が泳いでいました。

 

参拝が終わり、六本木ヒルズ森タワーの展望台と森美術館に向かいました。

 

日蓮宗 妙善寺  東京都港区西麻布3-2-13  地図     ホームページlink

 

←出雲大社東京別院              六本木ヒルズ森タワーの展望台→

豊川稲荷東京別院と摩利支天 港区元赤坂

豊川稲荷は、思った以上に若い方がお参りしていました。

さすが東京別院です。次々に参詣客が来られています。

 
 
 
 
 

豊川稲荷東京別院  東京都港区元赤坂1丁目4−7 地図

 

境内に入ると、沢山の神仏が祀られています。

七福神の前で、一生懸命手を合わせている方もいます。

 

先ずは身を清めます。

 
 
 
 
 

今回の目的の摩利支天様です。

ここでも一生懸命、お経と御真言を唱えているがいました。

私は、お唱えが終わるまで他の神々をお参りすることに致しました。

 
 
 

七福神様も好みの神様がいるのでしょう、御神酒の数が異なります。

 
 

愛染明王様には、女性の両縁成就を願う、ハートの絵馬が並びます。

 
 
 

飯能御嶽神社 飯能市川寺

この脇の道は、以前良く利用していました。
飯能御嶽神社は通り過ぎることが多く、お参りは今回で二度目です。
 
 
飯能で御嶽神社と言えば、秩父御嶽神社がよく知られていますので、地元の方しか知らないかもしれません。。
以前は私の地元でも、お札を頂いていた人たちがいたと思います。
 
祭礼の時は、かなりの人で賑わうようです。
境内が狭いので祭礼には、車では行けません。
 
5月・例大祭   1月1日・元旦祭   2月3日・節分祭   12月冬至・星祭り
 
 
 
この奥の御嶽大神の手前が摩利支天碑です。他にも不動明王、清滝不動明王、金比羅大神の碑がありました。
御嶽山の大先達霊神の碑もあります。
 
 
各地の御嶽神社では、このような石碑をよく見ます。
 
摩利支天を祀る寺社 埼玉県+東京  リンク

 

「おんたけうどん」のお店が中にあります。お昼は、野菜天ぷらうどんにしました。
前回は、肉うどんでした。
 
 
少し甘めの汁でしたが、美味しく頂きました。
 

飯能御嶽神社と摩利支天碑 飯能市川寺

以前、抜け道を利用して帰る途中、飯能御嶽神社の脇の踏切手前で、西武線の信号のため止まりました。

ふと見ると、「おんたけうどん」の看板があり、食べて帰ることにしました。

 

お社の西側には、いろいろな石碑が祀られています。

摩利支天の碑もありました。

前回は、カメラを持っていなかったため、お参りとうどんだけで帰りました。

 

今回は、カメラもお賽銭も多めに持って参拝です。

すぐ裏が線路ですので、お参り中も何台も電車が通過します。

 

御嶽大神のすぐ前が、摩利支天です。

 
 

5月  例大祭 

1月1日   元旦祭

2月3日   節分祭

12月冬至  星祭り

 

今日は野菜天ぷらうどんにしました。

少し甘めの汁でしたが、好みの範囲です。また、お参り方々来る予定です。

 
 
 

 

 

猪に乗った摩利支天

 

本当は「あけましておめでとう」と言いたいのですが、喪中になってしまいました。

本年も よろしくお願い申し上げます。

合掌   

御嶽神社の摩利支天 たくさんの神々 埼玉県寄居町

少林寺五百羅漢をお参りし、途中の道を西に向かうと御嶽神社となります。

 

本来の整備された参道はありますが、駐車場がなく、ここから西に向かうことになります。

 

けっこうきつい場所があります。

 

ここまで来れば開けており、気軽にお参りできます。

 

たくさんの神々や御嶽講の先達山の石塔が並んでいます。

 

御嶽大神

摩利支天などの御嶽山の神々や蚕影山などの蚕の神様、妙見尊神などがあります。知らない神社もありました。

 

戦前の乃木大将と東郷元帥の石塔もあります。

 

ここは花園御嶽城跡でしたので、ユックリ周りを散策すれば、堀や石積みがあるそうです。

城跡マニアとも一緒に行ったのですが、足の悪い友人が待っていましたので、ここのみで帰ることにしました。

 

本庄市 下浅見八幡神社の摩利支天

下浅見八幡神社  本庄市児玉町下浅見879
 

今回は、全くの調査ミスです。

せっかくすぐ近くの成就院まで行きながら、手抜きをしたために摩利支天に会えませんでした。

 

境内社に御嶽山関連の神々の石塔があり、摩利支天もあったようです。お参りしていれば、気がついたでしょう。

後日行ってこようと思います。でも、何時になりますか。

高崎観音 群馬県

洞窟観音・徳明園の後に、すぐ近くの高崎観音に行きました。

 

 

白衣観音様の体内廻りをしました。

以前来たときは団体客があり、進むのが大変だったことを思い出します。

閻魔大王

 

大日如来

 

普賢菩薩

 

阿弥陀如来

 

摩利支天

 

釈迦如来

 

まだたくさんの仏様が祀られています。

 

千社札が貼ってありましたが、落書きがダメなのに千社札は許可されているのでしょうか。

当寺では、あまりの勝手さに、全てお断りするようにしました。

 

摩利支天塚古墳 琵琶塚古墳 栃木県小山市

国史跡 琵琶塚古墳・摩利支天塚古墳資料館

この資料館は、今年4月21日に開かれたばかりですので、カーナビでは表示されません。琵琶塚古墳、摩利支天古墳を目指していくことになります。

 

大和政権が下野の国(ほぼ現在の栃木県)全体を支配下に置いた最初の大首長の墓(5世紀末から6世紀初頭)と言われているようです。

摩利支天塚古墳の次に造られたのが、栃木県で一番大きな古墳・琵琶塚古墳です。親子なのかもしれません。 下毛野古麻呂(不詳 – 和銅2年・710)の先祖のお墓のようです。

琵琶塚古墳のすぐ北側が、東山道と推測されているようです。PDF資料

 

国史跡 琵琶塚古墳・摩利支天塚古墳資料館   リンク    栃木県小山市飯塚335  地図

 

中に入ると新しい施設だけあって、面白い展示をしています。

両古墳だけでなく、他の発掘品も展示されていました。

 

琵琶塚古墳

資料館の道を挟んで反対側が琵琶塚古墳です。

 

摩利支天塚古墳

摩利支天塚古墳は、資料館の南西になります。

近くの天台宗台林寺の持ち物になっています。

摩利支天社

今でも年に一度、祭礼が行われています。

天台宗 台林寺

 

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