摩利支天

豊川稲荷東京別院と摩利支天 港区元赤坂

豊川稲荷は、思った以上に若い方がお参りしていました。

さすが東京別院です。次々に参詣客が来られています。

 
 
 
 
 

豊川稲荷東京別院  東京都港区元赤坂1丁目4−7 地図

 

境内に入ると、沢山の神仏が祀られています。

七福神の前で、一生懸命手を合わせている方もいます。

 

先ずは身を清めます。

 
 
 
 
 

今回の目的の摩利支天様です。

ここでも一生懸命、お経と御真言を唱えているがいました。

私は、お唱えが終わるまで他の神々をお参りすることに致しました。

 
 
 

七福神様も好みの神様がいるのでしょう、御神酒の数が異なります。

 
 

愛染明王様には、女性の両縁成就を願う、ハートの絵馬が並びます。

 
 
 

飯能御嶽神社 飯能市川寺

この脇の道は、以前良く利用していました。
飯能御嶽神社は通り過ぎることが多く、お参りは今回で二度目です。
 
 
飯能で御嶽神社と言えば、秩父御嶽神社がよく知られていますので、地元の方しか知らないかもしれません。。
以前は私の地元でも、お札を頂いていた人たちがいたと思います。
 
祭礼の時は、かなりの人で賑わうようです。
境内が狭いので祭礼には、車では行けません。
 
5月・例大祭   1月1日・元旦祭   2月3日・節分祭   12月冬至・星祭り
 
 
 
この奥の御嶽大神の手前が摩利支天碑です。他にも不動明王、清滝不動明王、金比羅大神の碑がありました。
御嶽山の大先達霊神の碑もあります。
 
 
各地の御嶽神社では、このような石碑をよく見ます。
 
摩利支天を祀る寺社 埼玉県+東京  リンク

 

「おんたけうどん」のお店が中にあります。お昼は、野菜天ぷらうどんにしました。
前回は、肉うどんでした。
 
 
少し甘めの汁でしたが、美味しく頂きました。
 

飯能御嶽神社と摩利支天碑 飯能市川寺

以前、抜け道を利用して帰る途中、飯能御嶽神社の脇の踏切手前で、西武線の信号のため止まりました。

ふと見ると、「おんたけうどん」の看板があり、食べて帰ることにしました。

 

お社の西側には、いろいろな石碑が祀られています。

摩利支天の碑もありました。

前回は、カメラを持っていなかったため、お参りとうどんだけで帰りました。

 

今回は、カメラもお賽銭も多めに持って参拝です。

すぐ裏が線路ですので、お参り中も何台も電車が通過します。

 

御嶽大神のすぐ前が、摩利支天です。

 
 

5月  例大祭 

1月1日   元旦祭

2月3日   節分祭

12月冬至  星祭り

 

今日は野菜天ぷらうどんにしました。

少し甘めの汁でしたが、好みの範囲です。また、お参り方々来る予定です。

 
 
 

 

 

猪に乗った摩利支天

 

本当は「あけましておめでとう」と言いたいのですが、喪中になってしまいました。

本年も よろしくお願い申し上げます。

合掌   

御嶽神社の摩利支天 たくさんの神々 埼玉県寄居町

少林寺五百羅漢をお参りし、途中の道を西に向かうと御嶽神社となります。

 

本来の整備された参道はありますが、駐車場がなく、ここから西に向かうことになります。

 

けっこうきつい場所があります。

 

ここまで来れば開けており、気軽にお参りできます。

 

たくさんの神々や御嶽講の先達山の石塔が並んでいます。

 

御嶽大神

摩利支天などの御嶽山の神々や蚕影山などの蚕の神様、妙見尊神などがあります。知らない神社もありました。

 

戦前の乃木大将と東郷元帥の石塔もあります。

 

ここは花園御嶽城跡でしたので、ユックリ周りを散策すれば、堀や石積みがあるそうです。

城跡マニアとも一緒に行ったのですが、足の悪い友人が待っていましたので、ここのみで帰ることにしました。

 

本庄市 下浅見八幡神社の摩利支天

下浅見八幡神社  本庄市児玉町下浅見879
 

今回は、全くの調査ミスです。

せっかくすぐ近くの成就院まで行きながら、手抜きをしたために摩利支天に会えませんでした。

 

境内社に御嶽山関連の神々の石塔があり、摩利支天もあったようです。お参りしていれば、気がついたでしょう。

後日行ってこようと思います。でも、何時になりますか。

高崎観音 群馬県

洞窟観音・徳明園の後に、すぐ近くの高崎観音に行きました。

 

 

白衣観音様の体内廻りをしました。

以前来たときは団体客があり、進むのが大変だったことを思い出します。

閻魔大王

 

大日如来

 

普賢菩薩

 

阿弥陀如来

 

摩利支天

 

釈迦如来

 

まだたくさんの仏様が祀られています。

 

千社札が貼ってありましたが、落書きがダメなのに千社札は許可されているのでしょうか。

当寺では、あまりの勝手さに、全てお断りするようにしました。

 

摩利支天塚古墳 琵琶塚古墳 栃木県小山市

国史跡 琵琶塚古墳・摩利支天塚古墳資料館

この資料館は、今年4月21日に開かれたばかりですので、カーナビでは表示されません。琵琶塚古墳、摩利支天古墳を目指していくことになります。

 

大和政権が下野の国(ほぼ現在の栃木県)全体を支配下に置いた最初の大首長の墓(5世紀末から6世紀初頭)と言われているようです。

摩利支天塚古墳の次に造られたのが、栃木県で一番大きな古墳・琵琶塚古墳です。親子なのかもしれません。 下毛野古麻呂(不詳 – 和銅2年・710)の先祖のお墓のようです。

琵琶塚古墳のすぐ北側が、東山道と推測されているようです。PDF資料

 

国史跡 琵琶塚古墳・摩利支天塚古墳資料館   リンク    栃木県小山市飯塚335  地図

 

中に入ると新しい施設だけあって、面白い展示をしています。

両古墳だけでなく、他の発掘品も展示されていました。

 

琵琶塚古墳

資料館の道を挟んで反対側が琵琶塚古墳です。

 

摩利支天塚古墳

摩利支天塚古墳は、資料館の南西になります。

近くの天台宗台林寺の持ち物になっています。

摩利支天社

今でも年に一度、祭礼が行われています。

天台宗 台林寺

 

下野国分寺跡、国分尼寺跡 しもつけ風土記の丘資料館 栃木県下野市

 

先日の雨の中、栃木県に出かけました。

この近辺には、国庁跡、下野薬師寺跡、琵琶塚古墳、摩利支天塚古墳など、下毛野氏が下野を支配した地域の中心に、多くの遺跡があります。

 

風土記の丘資料館

 

国分寺国分尼寺を知るには、知識を得てから見学することをお勧めします。

国分寺、国分寺尼寺が建てられたのは、有力な下毛野氏の本拠地近くであったためのようです。

 

七重の塔の模型以外にも、沢山の出土品や、資料解説があります。

 

近くの古墳から出た機織り機の埴輪も展示されています。

 

国分寺跡

本当に広い場所です。

 

ここだけでなく、天平の丘公園を回りたかったのですが、うっそうとした森の中で雨のため諦めました。

晴れた日の散策には、もってこいの場所です。

 

中門・回廊・金堂跡

 

機織り機の埴輪のあった甲塚古墳です。敷地内にあります。

 

国分尼寺跡

 

 

国分尼寺跡は広く、また良く整備されていますが、ここは規模が小さいです。

両遺跡共に、昔の姿を想像しながら回れば良いのですが、そのような才能に恵まれず、浮かびませんでした。

 

国分寺

現在の国分寺は、国分尼寺の北方にあります。

現在は住職が住んでいません。

国分寺  栃木県下野市国分寺1541   地図

   

薬師堂

 

大きな五輪塔

古い歴史を物語る住職のお墓でしょう。長いこと住職が住まなかったことが分かります。

 

五大尊と摩利支天社 埼玉県越生町

 

越生町の五大尊と摩利支天社に、お参りに行きました。

以前、ツツジの季節に来たことがありますが、ここの駐車場に向かう車でいっぱいでした。諦めて帰った記憶があります。

今の時期は、サツキが咲いていますが、種類は赤のみで数も少なく寂しいです。

ツツジ以外の時期は、いつも空いています。

 

五大尊  埼玉県入間郡越生町黒岩303 地図

五大尊に登るところは、四国八十八カ所の石碑があります。

 

五大尊

 

 

摩利支天社は、五大尊の下を南に行けば、間違えずにいけます。五大尊つつじ山から大高取山への登山道にあります。

新編武蔵野風土記にある今市村(現越生町)摩利支天社(個人持ち)が、たぶん今の摩利支天社と思われます。

西国札所の法華山一乗院の碑の脇を登ると、摩利支天社はすぐです。

 

 

滑りながら着くことが出来ました。

摩利支天社に到着しました。つつじ園の南端からは、すぐの場所にあります。

前日の雨のため、かなり滑りました。下るときは、木の枝をつかみながらの下山です。

靴は滑らない種類でしたが、ハイキング用が必要です。

 

越生町には、あじさいやま公園にも摩利支天が祀られています。ブログ

 

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