2016年04月

養蚕神のお姿札、掛軸、絵馬-養蚕信仰・神社

以前にも養蚕神を一部ご紹介しましたが、まとめて掲載させていただきます。

 

昔から養蚕は大事な事業でした。明治に入ると海外から新しい技術が導入され、養蚕技術の向上、大規模な工場が造られました。

Wikipedia 養蚕 リンク       

 

2016411174435.jpg

富岡製糸場

 

今では養蚕もほとんど行われず、桑の木も次々に他の作物の畑となったり、放置されています。

養蚕信仰もほとんど見られなくなりました。

 

今手元にある養蚕神の掛軸、お札などをご紹介します。

茨城県神栖市の星福寺の衣襲明神(きぬがさみょうじん)

現在は廃仏毀釈により、お堂が蚕霊(さんれい)神社となっています。

御尊像は、「馬鳴菩薩」として星福寺に祀られています。 

 

ちなみに常陸国の三蚕神社は、蚕影神社(つくば市神群) 養蚕神社(日立市川尻町) 蚕霊神社(神栖市日川) で、昔はかなり栄えていたようです。今はほとんどお参りもないそうです。

養蚕神1

 

201641117517.jpg
2016411175130.jpg

衣襲明神の掛け軸にある文面

 

養蚕神2

 

星福寺  茨城県神栖市日川900

蚕霊神社

江戸時代には星福寺の蚕霊尊として各地に巡行し、多くの信者を獲得しました。 ブログ リンク

 

日立市川尻の蚕養神社のお姿

日本最初とありますが、事実かどうかは不明です。養蚕が盛んだった地区ではないようです。

 

20164111869.jpg

蚕養神社  茨城県日立市川尻町2

 

現在知られている日本最初か分かりませんが、養蚕神社では京都の蚕の杜ではないでしょうか。

日本では泰氏が養蚕と織物技術を伝える以前よりもたらされていたそうです。京都市では木島神社の養蚕神社(蚕の社)が泰氏の養蚕と関係あるようです。木島神社より蚕の杜として知られているそうです。

泰氏と関連ある太秦にあります。

木島神社は京都で一番古い神社の一社です。

Wikipedia 木嶋坐天照御魂神社  リンク

 

話は変わりますが、秦氏の先祖はユダヤ人であるとする説もありますが、中国では秦はペルシャを指すそうです。また、ユダヤ人には特有の遺伝子を持つことが分かったそうです。アジア、ヨーロッパ、アフリカなど各地に移動した人々の中に、同じ遺伝子を持つ人がいるようです。秦氏につながる子孫に同じ遺伝子があったとの話は聞いたことがありません。ユダヤ人と縄文人が同じ遺伝子を持っているようですが、時代が違いすぎます。

 

つくば市神群の蚕影神社のお姿

蚕影山桑林寺が廃仏毀釈後に蚕影神社となりました。全国にある蚕影神社の総本社だそうです。

 

2016728165739.jpg

蚕影神社 茨城県つくば市神群1998

201672816580.jpg

 

東京都福生市の永昌院に金色姫蚕影山幣束ともう一つの金色姫幣束が伝わっています。

蚕影山桑林寺より伝わりました。現在の蚕影神社(つくば市神群)です。

かなり手の掛かる幣束です。

養蚕神の幣束[福生市永昌院に伝わる蚕影山の幣束] 佐治靖

 

4ページありますので、最後までクリックして下さい。

 

駒ヶ岳神社のお姿

駒ヶ岳神社は信州において御岳神社と並ぶ山岳信仰の地です。養蚕農家、馬を飼育している農家の人々の信仰の神でした。

麓の駒ヶ根市は明治から大正時代にかけて国内有数の養蚕エリアでした。「駒ヶ根シルクミュージアム」があります。ここは行ってみたいですね。

  駒ヶ根シルクミュージアム リンク

 

2016411182140.jpg

駒ヶ岳神社里宮

長野県木曽郡上松町東里2区

出羽国雄勝群山田村 地福院のお姿

現在の秋田県湯沢市です。山田は中世に鎌倉街道が通っていたため、かなり開けていたようです。

地福院の詳細は全く分かりません。廃寺でしょうか?。あるいは廃仏毀釈で神社になっているかもしれません。山田字下六日町の八幡神社には、境内神社に蚕養社がありますが、関係あるのでしょうか。

藩政末期から明泊、大正時代にかけて秋田でも養蚕と製糸が盛んな時期があり、中心は湯沢町だったそうです。

現在の湯沢市山田がありますが、もっと広域だったようです。  山田村

明治8年には雄勝製糸場ができたようです。

 

20164139543.jpg秋田県湯沢市 地福院

秩父神社妙見様のお姿

何でここに秩父神社が出てくるの?、と思うかもしれませんが、手に桑の枝を持っているのが分かると思います。

秩父地方はかつて養蚕が盛んでした。この神社の秩父夜祭りは、「お蚕祭り」とも呼ばれていたそうです。

ここも埼玉県内の養蚕神としての信仰があったことが知られます。秩父では妙見様は女の神様と言われていますが、男神の妙見様が髪の長いことから、養蚕神として習合が行われたのかもしれません。   秩父神社

 

2016411182919.jpg

秩父神社  埼玉県秩父市番場町1-3

 

当寺の妙見菩薩のお姿札

どこに養蚕神との関連が見られるの?、と思うでしょう。秩父神社と姿は違いますが、こちらも妙見菩薩です。

当寺以外は桑の枝を持っています。

昔は飯能も養蚕が盛んでした。織物の工場も結構ありました。残念ながら過去形ですね。

地元の人もほとんど知らなかったことですが、遠方から来られる方は養蚕神として信仰していました。秩父神社と同じ日に祭礼を行っており、同じように思われていたようです。

 

 

2016411183947.jpg

円泉寺妙見堂

妙見菩薩資料集リンク

 

 

手書きの養蚕祖神絵馬

以前当寺の絵馬をお願いしていた飯能市にあった絵馬屋さんの手書きの養蚕神絵馬です。

養蚕神の絵馬は小槻正信さんが書かれました。販売していたわけではありません。

特別に書いていただいたきました。亡くなられて数十年経ちます。貴重な絵馬です。

 

201641119343.jpg

養蚕祖神絵馬

 

 

斎宮歴史博物館-伊勢神宮へ遣わされた斎王-三重県多気郡明和町

20164784935.jpg

斎 宮 博 物 館

 

私が斎宮(さいくう・いつきのみや)を意識したのは、今から40年ほど前になります。  斎宮博物館ホームページ

京都の嵐山近辺を散策の折、野宮神社をお参りしたときでした。由来が書かれていましたが、その中に天皇の代理で伊勢神宮で使えるために斎王がここで一定の期間身を清めてから出発したと書かれていました。 野宮神社ホームページ

そのころ斎宮跡の発掘や史跡整備がされ始めていたようです。新聞雑誌に記事が掲載されていたのを思い出します。

それから数十年、お伊勢さんにお参りしたときによろうと思っていましたが、いつも他の人たちと一緒でしたので、寄りたいと言い出せないでいました。今回は無理を言って斎宮跡に寄っていただきました。

博物館に入ると古の斎宮の様子や発掘調査の結果が分かりやすく展示されています。

 

2016487917.jpg

201648201619.jpg

斎宮の斎王の暮らしの様子

20164871246.jpg延喜式に書かれた斎宮

斎王は伝説の時代から後醍醐天皇の間まで遣わされました。滞在は短くて1年、長い場合は31年だそうです。

天皇が即位すると卜定(ぼくじょう)により選ばれた斎王は野宮に移り、1年の潔斎生活を送り、斎宮へ旅立ちました。

 

斎王群行の様子と往復の道筋が理解できました。

 

20164871633.jpg

斎王の行列

20164871745.jpg

斎王行列の道筋

広さは東西2キロメートル、南北750メートル、面積は東京ドームの約3倍だそうです。伊勢神宮へは10キロメートル以上離れています。

 

201648717.jpg

発掘マップ

 

現在も発掘が行われているそうです。

 

2016487345.jpg

発掘の模型

2016487426.jpg

土器溜の模型

201648185247.jpg

再現された斎宮復元模型

 

斎宮の運営は国家の財政で調や庸などの税の一部で運営されました。

 

斎王のつとめは年3回の祭の時のみです。

201648193428.JPG

伊勢神宮内宮模型

201648193530.JPG

斎王の勤め

 博物館内で販売されている冊子が、分かりやすくためになります。

 

201648193946.jpg

 

201648194336.jpg

広い敷地です。

201648194358.jpg博物館前の古墳

20164819472.jpg

 

この博物館以外にも「いつきのみや歴史体験館」、「さいくう平安の杜」がありますが、時間の都合により寄れませんでした。

 

201648195812.jpg

いつきのみや歴史体験館 リンク

十二単も着れますよ。

20164992126.jpg

さいくう平安の杜は正殿などあった場所に建物、道路が再現されています。

画像リンク

 

6月第一土曜日、日曜日に「斎王まつり」行われるそうです。キレイに着飾った応募者が、豪華絢爛な絵巻を再現します。

  斎王まつり  画像リンク

 

 

今度は一人で行って、時間を掛け斎宮跡を探索したいですね。

でも、出来るかなー。

 

伊勢の将門-独特なしめ縄です

平将門が伊勢にいたわけではありません。

伊勢のお詣りの時、お店の入り口には、正月でもないのにしめ縄が掛かっているのに気がついた方も多いと思います。伊勢志摩では一年中掛けたままなのだそうです。

中央に「蘇民将来子孫家門」の木札が墨書きしてあります。蘇民来子孫家の文字がの間にあります。

 

20164621427.jpg

 

蘇民将来子孫の家の意味は、スサノオノミコト(牛頭天王)に由来します。詳細はいろいろなサイトに出でいますので、参照して下さい。

発祥の地-蘇民の杜-松下社

蘇民将来 Wikipedia       注連縄  リンク

通販もあるようですね。

 

平将門に通じると「笑門」としたしめ縄もあります。笑う門には福来たるですね。

 

201646215021.jpg

 

いくつかのしめ縄を掲載します。

 

201646215335.jpg千客万来もあります。
201646215457.jpg

 

20164622015.jpgお多福もありました。
201646215818.jpg

 

 2016462222.jpg

 

2016462237.jpg

 

20164622358.jpg

赤福では蘇民将来子孫家門でした。

201646222634.jpg

虎屋は千客万来でした。

 

「蘇民将来子孫家門」が多いようです。

 

伊勢志摩で見られる注連縄は、伊勢の西郊・玉置町で造られています。 PDFリンク

 

場所は変わりますが、京都にはいろいろな注連縄があるようですが、祇園当たりの民家やお茶屋さんでも伊勢に似た「笑門」と書かれた注連縄が一年中飾ったままだそうです。

近くの八坂神社は元々は祇園社ですが、祭神はスサノオノミコトでした。伊勢志摩と同じような由来があるのですね。

 

さて、どうして注連縄と書くのでしょう。検索で語源を調べると色々出てきますが、「おしえて!goo」の答えが一番気に入っています。 

おしえて!goo  リンク

さらにここからリンクされてある総務省の「官報資料集」最後に言葉の履歴書「しめ飾り」があります。開いたら一番最後を読んでください。なぜ官報資料集にと思いましたが、何かと堅苦しい資料集にこのような試みはいいですね。

官報資料集  リンク

 

私が調べていた妙見菩薩シリーズの内「平将門」PDFをリンクします。興味がある方は見て下さい。  リンク

 

追記 2016/08/29

松下社と末社・蘇民社-伊勢市二見町 ブログ

 

二見浦の夫婦岩

20164621124.jpg

夫婦岩

201646211229.jpg

遙拝所

 内宮参拝の後、二見浦に向かいました。

前回は台風のため、近付くことが出来ませんでした。

 

二見興玉神社は社務所が建て替え中でした。入り口から車で入れないので、大変な労力でしょうね。

経費もかかりそうです。

 

201646212134.jpg

二見興玉神社

 

20164621264.jpg

夫婦岩の遠望

201646212631.jpg夫婦岩の入り口の浜は海水浴場になっています。

 

 

伊勢神宮参拝ー三重県伊勢市

今週月火は石材店の親睦旅行で伊勢神宮、二見浦、斎宮にに同行させていただきました。私にとっては、5回目のお詣りです。

まずは伊勢神宮の内宮(皇大神宮)です。天照大神様を祀ります。

伊勢神宮ホームページ  リンク    

 

201646184555.jpg

まずは鳥居の前で一礼。

帰るときも同じく一礼をします。

201646184615.jpg

五十鈴川で手を洗いました。

以前来たときより、かなり水量が多いです。

201646184750.jpg

サミット前で、かなり多くの方が参拝にみえています。

以前来たときより何倍もの参拝者です。

201646204741.jpg

正宮前は記念写真を撮る人々でいっぱいです。

 

おはらい町通り、おかげ横町は、雨の中でも多くの観光客が訪れています。

201646195946.jpg

 

伊勢の名物と言ったら、赤福餅と伊勢うどんは欠かせません。

赤福餅はドラマですっかり有名になり、今では全国区ですね。

201646185117.jpg

赤福餅

ここで食べるのと、お土産で自宅で食べるのでは、雲泥の差です。美味しいですよ。

201646185218.jpg

伊勢うどん

前回来たときより、かなり柔らかめでした。残念。

201646191047.jpg

伊勢地方のしめ縄は、一年中飾られています。独特の形と文字が書かれています。

しめ縄は次回に詳しく掲載させていただきます。  リンク

 

翌日は外宮(豊受大神宮)のお詣りです。豊受大御神を祀ります。

20164619280.JPG

正宮

201646192953.jpg

外宮はいつ来てもすいていますね。

201646193747.jpg

別宮(多賀宮)

 

201646194349.jpg

 これから新緑の頃になると落ち葉が多くなり、掃き掃除が大変だそうです。

 

二見浦は次回になります。

 

 

二輪草が咲き出しました

境内の一角に自生している二輪草が、わずかですが咲き出しました。

 

201643124350.jpg

まだ、一割も咲いていません。

20164312449.jpg

二輪草

 

201643124439.jpg

一面に咲くと素晴らしいですよ。

 

去年の咲具合。

 

20164313027.jpg

昨年の4月14日

20164313046.jpg

可憐です。

 

桜は満開です。

 

201643124524.jpg

忠魂碑

201643124543.jpg

公園内

 

山桜はこれからです。咲いても派手ではないので、ながめる人は少ないでしょう。

 

201643124840.jpg

少し開きかけた山桜

 

ページ上部へ