善光寺式阿弥陀三尊

向徳寺 重文本尊・善光寺式阿弥陀三尊 と 板碑 埼玉県嵐山町

珍しい時宗の寺院です。

御本尊・善光寺式阿弥陀三尊は国の重要文化財に指定されています。

山門の右側に板碑が集められています。時宗らしく阿弥陀如来がほとんどでした。

 

見栄えのある板碑が並んでいました。墓地や御本堂と合わせて38基あるようです。

奥の右端の板碑が、一番古いようです。

 

御本堂の御本尊が、善光寺式阿弥陀三尊です。光背はなくなっているそうです。

 

向徳寺は全国善光寺会の会員のようです。

時宗向徳寺 埼玉県比企郡嵐山町大蔵635

江南文化財センターの阿弥陀三尊・善光寺式阿弥陀三尊板碑 板石塔婆 大沼公園 埼玉県熊谷市

江南文化財センターには、記年名のある板碑では日本一古いと言われています。調べると日本で三番目となるようです。

記年名の明らかな板碑は、真光寺、江南地区など、熊谷近辺に集中しています。

古い信仰心のある武将や僧侶の存在があったようです。

江南文化財センター  埼玉県熊谷市千代329 地図

中に入ると、発掘された数多くの土器が展示されていました。

 

平安末期の金銅阿弥陀如来像

 

寺内廃寺模型

 

今回は国史跡幡羅官衙遺跡群遺跡の出土品が展示されていました。

 

塩古墳群の石室

 

今回の目的である板碑が展示されていました。

 

かつて大沼公園にあった阿弥陀三尊板碑です。鎌倉期のこの地に阿弥陀信仰が盛んだったことが知れます。

嘉禄三年(1230)三尊

大沼公園にはレプリカがあります。

 

善光寺式阿弥陀三尊板碑  寛喜二年(1230) 

嘉禄三年(1230)と 寛喜二年(1230)は同じ年名のですね。

 

弘安銘曼荼羅板石塔婆

 

板碑ばかり気にしていましたが、下の塚の上にある卒塔婆や四十九院と思われる塔婆がこの時代にもあることを知りました。

 

この後、大沼公園に向かいました。駐車場は沼の南側にあります。看板がないので、釣りの方に聞き止めることができました。

大沼公園

 

何人かの釣り客がいましたが、ここでは御夫婦で釣りをしています。

 

弁天堂の北側にあるのが、阿弥陀三尊板碑です。

 

レプリカの阿弥陀三尊板碑

本物は、ここから江南文化財センターに移されて、展示してあります。

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元妻沼地区の善光寺式阿弥陀三尊板碑 熊谷市

すでに妻沼聖天山の板碑を御紹介しているのですが、他のヶ所も含め掲載させていただきます。 

福寿院  熊谷市弥藤吾2002−1
 
 
 
 
能護寺  熊谷市永井太田1141
 
 

歴代住職の墓にありますが、中に入ることはできません。

画像はトリミングしてあります。

 
 
妻沼聖天山歓喜院  熊谷市妻沼1511
 
 
 
 
 
 
御本坊からご本殿に向かう途中にあります。
 
本坊
 

旧妻沼町を中心に、あと二ヶ所祀られているそうです。

 

長野の善光寺が火災に遭うと、全国に勧進聖が浄財を勧募するために全国に向かいました。

その折り、善光寺の功徳を広めたため、善光寺信仰が全国的になったようです。

 

善光寺式阿弥陀三尊板碑が、この地域に集中するのは、深く信仰する人がいたからようです。

 

全久院の善光寺式阿弥陀三尊板碑 埼玉県深谷市

全久院は深谷七福神・寿老人の寺です。

各七福神の寺は、秋の七草の寺でもあり、ここはフジバカマの寺としても知られているようです。

8月から9月が見頃のようです。

 

板碑は紫の花の向こう側に祀られていました

全久院 深谷市東方2902

 

境内に全七福神の石像が祀られていますが、やはり寿老人像が一番大きな御尊像です。

 

善光寺式阿弥陀三尊図と他の三尊図

当寺の善光寺式阿弥陀三尊図です。掛軸になっています。

 

一つの光背に中心が阿弥陀如来立像。向かって右が観世音菩薩。左が勢至菩薩です。
 善光寺でお参りできるのは、お前立本尊であり、ご本尊様は秘仏となっています。

下は善光寺で発行したお姿だと思います。この図をもとに描かれた掛軸です。

下の台座の二人は信者で、毘舍離国の月蓋長者と娘の如是姫だそうです。
善光寺で発行したお姿札にも、このお二人が描かれています。

もう一点の善光寺式阿弥陀三尊掛軸です。

 

善光寺以外の三尊図です。これらも掛軸です。普通はこのような来迎図が多いと思います。

 

 

復刻された屏風図です。

 

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