2018年05月17日

青面金剛の掛軸

 

青面金剛の石仏は、各地で見ることが出来ます。

結構な割合で、現在に伝わっていますが、名前を知らない人が多いのではないでしょうか。

昔は、三尸蟲から身を守るため、庚申様の前で一晩寝ずに行事を行っていたそうです。

 

その時に使用されていた江戸時代の掛軸なのでしょう。

三面大黒天の記事を読んでいたとき、青面金剛の像を見たチベットの僧侶が、「マハーカーラだ」と言っていたと書いてありました。

そもそも仏教でなく、道教から来た考えです。密教の仏様を庚申に取り入れた像ですから、似たような仏さまもあるでしょう。

 

 

三面大黒天

 

確かに三面大黒天に似ていますね。

昭和22年 八高線事故 死者184人の慰霊碑 最大規模の鉄道事故



日高市に用があり、手前の道を右に回るつもりが、行き過ぎて次の道で行かざるを得なくなりました。
八高線に沿って右に折れると、「八高線事故慰霊碑」があります。

日本において鉄道史上、最大の事故でした。八高線事故の検索
東飯能駅から高麗川に向かう列車です。定員の三倍の乗客で、すし詰め状態だったようです。



この高さですから、脱線したら大変なことになったことは、誰でも分かるでしょう。
死者184人、重軽傷者459人でした。

いつもここを通るときには、降りて手を合わせてから行くようにしています。
通る時、けっこうお花が上がっています。


昭和54年の三十三回忌に建立されたことが分かります。
この時の法要のニュースや記事で、事故のことを初めて知った方も多かったと思います。
日本一死者の出た事故でした。文化新聞記事


私は子供の頃、両親や学校の先生から何度か話を聞いていました。

戦中から食料が配給の時代でした。米の配給検索
闇米は高すぎて十分に食事の出来ない方々が、リュックに衣類などを詰めて、農家にお米などと交換して頂くために、すし詰めの車両に乗り出かけました。
闇で儲けていた人もいた人もいたようです。
皆さん生きていくために必死でした。

地元ではありませんが、ある農家のお婆ちゃんは、衣類など交換していっぱいになったと話していました。
現金を持って買いに来る人もいたそうですが、十分に儲けるほど米を備蓄していたわけでは無かったと言います。
もう要らないからと、お米を分けてあげたこともあると話していました。
泣きながら感謝されたそうです。

しかし検閲があり、大事な食料を没収されたこともあるそうです。
分かっていて取り上げる人も辛かったでしょう。

ある先生は、「塩か?」と言われ、「塩化ナトリュウムと言う科学薬品だ」と答えて、難を逃れたと話していました。

この電車にも、そのような人が大勢いたのかもしれません。


場所は圏央道「狭山・日高インターチェンジ」から高麗川駅方面に向かい、八高線高架下をくぐらず、右折するとスグです。

道が狭いですので、ユックリ駐車できません。


事故現場  埼玉県日高市上鹿山   地図

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