2020年07月01日

嘉元の板碑 埼玉県毛呂山町

毛呂山町で一番大きな板碑で、鎌倉時代の嘉元4(1306)年とあります。

阿弥陀一尊の梵字「キリーク」が上部に彫られています。

 

 

 

高さが3、4メートルです。観無量寿経の光明遍照などが彫られていますが、この場所では良く読めませんでした。

画面を補正して、少しだけ読みやすくしています。

 

 

実は記憶にある場所を探したのですが、記憶違いで一本北側の道が正解でした。

Googleの世話になり、行くことができましたが、場所が毛呂山町大字大谷木1−15となっています。

「嘉元の板碑 毛呂山町」で検索すると、スマホの地図で案内してくれますが、本来の地番は毛呂山町葛貫字大石仏です。

間違いなく案内されたので良かったのですが。大谷木は北側の字です。

 

 

この場所は小字大石仏(大石仏)で、かつて真言宗宝福寺があった場所です。

現在の真言宗智山派・宝福寺は、毛呂山町大谷木154にあります。新編武蔵野風土記に葛貫の小名(小字)に大寺、下大寺があるそうですのですので、大きな寺だったのかも知れません。

いずれの時代に大谷木に移ったのか、分からないと書かれています。宝福寺地図

 

尚、毛呂山町で一番古い板碑は、智福寺の弘安3(1280)年です。以前のブログ リンク

 

嘉元の板碑 埼玉県入間郡毛呂山町葛貫字大石仏  地図

 

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