2021年11月12日

成田山高崎分院の聖徳太子は 建築職人の神様 元大工町より移築 群馬県高崎市

昨日、成田山光徳寺を参拝致しました。

この時、御本堂左側に太子堂がありました。

七五三や星祭りの祭礼も行われています。

 

旧大工町にありましたが、廃仏毀釈の為にここに移築されました。

常夜灯に「左官職」と彫られています。

 

 

あくまでも伝承ですが、指金を中国から移入し大工を集め講義を開いて、建築の基礎などを教えたのだそうです。

 

聖徳太子は大工の神様として、建設関連の職人に大事にされていました。

室町時代から太子講が大工、木工職人により、聖徳太子の命日・2月22日に行われています。

現在でも建設会社によっては聖徳太子の掛軸を祀り、祭礼を行っているところもあるそうです。

 

各地の聖徳太子石仏は、その名残も多くあるようです。

職人の講中や名前が彫られているのを目にしたことがあります。

 

※当寺(円泉寺)の指金を持った聖徳太子掛軸です。

 

今年は聖徳太子の1400年御遠忌にあたり、各地で法要や聖徳太子霊場巡りが行われています。

御遠忌に併せて淡交社から「たずねる わかる聖徳太子」が発行されています。

建設に関わる方々は由緒ある聖徳太子ですので、参拝や御祈願をされてはいかがでしょうか。

 

 

成田山光徳寺御本堂 成田山高崎分院ブログ

 

成田山光徳寺 成田山高崎分院  ホームページlink

群馬県高崎市成田町23  地図link

 

成田山光徳寺(成田山高崎分院) 群馬県高崎市

光徳寺は天正十一(1583)年の開基です。

成田山の分院として知られていますが、成田山のお不動様をお祀りしたのは明治九(1876)年でした。

利根川の水運を利用して、成田山より光徳寺に運ばれました。

 

 

北関東三十六不動霊場の五番札所にもなっており、現在も祈願寺として多くの参拝者を迎えています。

高浜虚子なども参拝しています。

 

入口右側に祀られている剣は、お不動様です。

勢多迦童子、矜羯羅童子と共に、光徳寺を守っています。

左は常夜灯です。

 

 

 

境内は銀杏が黄葉しており、奥様が一生懸命落ち葉を集めていました。

大変な作業ですが、落ち葉が趣を添えます。

 

 

御本堂右側には、高崎藩主大河内家の祈願寺であった威徳寺の御堂が、明治九(1876)年に光徳寺に移されました。

内陣が高崎市の重要文化財になっています。

 

 

御本堂左は太子堂です。聖徳太子が祀られています。

元々は旧大工町にありましたが、廃仏毀釈の為にここに移築されました。

 

 

聖徳太子は大工の神様として、職人に大事にされていました。

現在でも建設会社によっては聖徳太子の掛軸を祀り、祭礼を行っているところもあるそうです。

各地の聖徳太子石仏は、その名残も多くあります。

太子堂は別のブログに書きます。ブログ

 

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