2019年04月03日

身形神社 埼玉県東秩父村

かつて秩父七妙見の内の妙見社でした。秩父七妙見 ブログ

ここの参道を車で行くと駐車場がありません。もう一本南側の道から神社に向かうと境内に車が駐められます。

 

 

鳥居の手前には、石塔が並んでいます。

 

 

以前ここを参拝したときは、たまたま祭礼が終わったときです。

神社でありながら、お厨子に収まった妙見菩薩の像が祀られていました。

廃仏毀釈で捨てられたり、燃された御尊像が多いのですが、ここでは大事にされていることが分かります。

 

 

追記  平成28年に妙見菩薩像と厨子が修復されました。

 

身形神社 埼玉県秩父郡東秩父村大字安戸872 地図

 

坂東札所 慈光寺 ときがわ町

天武天皇の2年(673)と役小角の伝承がありますので、かなり古くからある寺院であることは間違いありません。

坂東札所として多くの方がお参りに見えていますが、檀家をあまり持たない寺院ですから、維持管理も大変と思います。

坂道を登らず、急階段を登るのは大変なのです。

 

私が来たとき、先に来ていた参拝団は観音堂には行かず、そのまま本堂に向かい納経のようです。

慈光寺 埼玉県比企郡ときがわ町西平386 リンク     地図

 

数十年ぶりの参拝ですが、少しずつ記憶がよみがえってきました。

毎年4月第二日曜と4月17日に御本尊千手観音さまの御開帳が行われるです。

すぐ気がつくのが、天井から吊り下げられた、左甚五郎作と伝えられる「夜荒らしの名馬」です。

この木馬が畑を荒らしたために、天井に納められたとの伝承が残っています。

 

 

御本堂に上がり、参拝させていただきました。また、ご住職に宝物殿見学のお願いを致しました。

 

僧侶の像があると思ったら、僧形文殊菩薩像でした。

その他、徳川家康画像、天海僧正画像などが納められています。特に正面の大きな木像は、この寺の歴史を感じさせられます。

 

釈迦堂跡

私が初めて持光寺を訪れたときは、まだ釈迦堂は残されていました。

次に家内とお参りしたときは、残念ながら焼けた後です。

 

道路の脇には、歴代住職の石塔と板碑が並んでいました。

右の胎蔵界大日如来さま以外は、阿弥陀如来さまがほとんどだったと思います。

 

板碑の説明板にあった、江戸時代の絵図です。

墓地の奥には、たくさんの石塔がありました。

 

 

廃仏毀釈の嵐は、大事な御堂や仏様、貴重な資料もたたき壊されてしまいました。

イスラムの仏教遺跡などを破壊したことに似た蛮行だったと思います。

 

ここの前に行った弁財天石仏と霊山院ブログです。

弁財天石仏ブログ          霊山院 blog link

 

霊山院 埼玉県ときがわ町

霊山院は坂東札所になっている慈光寺の塔頭でした。慈光寺は天台宗ですが、霊山院は臨済宗です。

天台宗では、円、密、禅、戒の四宗兼学ですが、どのような経緯で臨済宗の寺院が塔頭となったのでしょう。

あとで調べてみたいと思います。

 

阿閦如来の種子ウーンの板碑は記憶がありません。いつもいい加減に見学していますので、どこかで見ているのかもしれません。

 

 

 

水琴窟がありましたので、水を掛けてみましたが、残念ながら私には聞こえませんでした。

耳が遠くなっているからかもしれません。

 

かなり高い位置にある寺ですから、まだ桜は蕾の方が多かったのですが、桃はきれいに咲いていました。

 

次に持光寺をお参りしました。慈光寺 ブログlink

ここに来る前に寄った弁天様石仏です。弁財天石仏 ブログlink

 

 

八臂弁財天石仏 埼玉県ときがわ町

ときがわ町の宿十字路を霊山院に向かい走行中、女人堂の先に立派な弁天様の石仏が祀られていました。

 

 

これだけの八臂弁財天石仏を見るのは初めてです。頭の上には鳥居と宇賀神様。

石碑の右手に見えるのが女人堂です。御堂を挟んだ西側手前道路の川沿いに祀られています。

弁天様は水神としても信仰されていますので、ここに祀られたのかも知れません。

 

 

慈光寺に参拝する人が多いですが、次に霊山院に行く人が帰りに通るとしても、後ろ向きですから気がつかないかも知れません。

 

霊山院 blog link

慈光寺 blog link

 

女人堂   埼玉県比企郡ときがわ町大字西平523  地図
 
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