2022年05月

寄居町 天正寺(曹洞宗) 埼玉県

寄居十二支守り本尊霊場を参拝致しました。

天正寺には文殊菩薩が祀られています。

 

 

御住職に声をかけられ、御本堂内のお参りを勧められました。

十二支霊場では、中心的役割をしているように思われます。

 

今日永代供養塔が完成したと喜んでいました。

まだ石屋さんが細部を手がけています。

 

当寺(円泉寺)にとって、永代供養の施設はライバルです。

寄居町にも当寺永代供養塔を契約している方がいるのです。

 

でも良い御住職ですので、ご紹介致します。

 

天正寺 永代供養塔

 

 

伺うと三万円からとなるそうです。

知る限り周囲の寺院より別格の低価格でした。

当然墓誌への彫刻は、別料金となります。

 

ご相談なさっては、いかがでしょうか。

 

天正寺  埼玉県大里郡寄居町桜沢4612  地図link

☎ 048-581-0476

 

 

お地蔵様

 

鐘楼

 

境内から寄居の町並みが望めます。

 

 

 

ここを参拝する折に、カーナビの案内でつきましたが、狭い裏手に着いてしまいました。

近くまで来たら、南側から入るよう注意してください。

 

寄居十二支守り本尊霊場ブログ link

 

武州寄居十二支守り本尊霊場 埼玉県寄居町

武州寄居十二支守り本尊まいり

東上線・秩父鉄道と八高線「寄居駅」を起点に十二支霊場があります。

以前寄居町の寺院を巡りましたが、三ヶ寺が十二支の札所になっていました。

残りの5ヶ寺を併せて、ご紹介致します。

 

順番は天正寺を最初にすることをお勧めします。

パンフレットや略図、十二支の起き上がりこぼしなどが揃えてあります。

 

各寺で御朱印もございます。

他の寺御住職不在対応は、前もって天正寺に聞いておきましょう。

 

 

このコースはハイキングすることを前提にしているようです。

寄居駅の南側は道が狭いだけでなく、駐車場が整備されていない寺院もあります。

南側の寺院は、駅前の駐車場を使用すると良いでしょう。

駐車場料金は高くありません。24時間で300円でした。

 

 

玉淀河原までも近いです。

 

 

丑寅 うし とら 天正寺

 

御住職に声をかけられ、御本尊・虚空蔵菩薩をお参りさせて頂きました。

パンフレットなど、ここでしか目にしませんでした。

他の場所でも声をお掛けすれば、対応してくれると思います。

 

 

 

虎と牛の起き上がりこぼし

 

各寺で用意していますが、天正寺には全て揃えてありました。

 

天正寺 円泉寺blog

 

ここを参拝する折に、カーナビの案内でつきましたが、狭い裏手に着いてしまいました。

近くまで来たら、南側から入るよう注意してください。

 

天正寺  埼玉県大里郡寄居町桜沢4612  地図link

 

巳辰 たつ み 正龍寺

 

 

普賢菩薩をお祀りしています。

 

正龍寺には花園城主北条氏邦夫妻、藤田康邦夫妻の墓があります。

併せてお参りください。

 

 

正龍寺 埼玉県大里郡寄居町藤田101−1 地図link

前回参拝した折の善導寺と正龍寺のブログです。ブログlink

 

子 ねずみ 善導寺

 

 

千手観音をお祀りしています。

 

浄心寺の御朱印は、善導寺でお願いしてください。

 

善導寺 埼玉県大里郡寄居町末野1686 地図link

 

卯 うさぎ 少林寺

 

 

文殊菩薩をお参りした後は、御本堂裏手の五百羅漢と荒神の石仏群を巡ることをお勧め致します。

 

少林寺  埼玉県大里郡寄居町末野2072−1 地図link

前回訪れた折のブログです。ブログlink

 

午 うま 放光院

 

 

勢至菩薩を祀ります。

 

以下に掲載する十二支霊場寺院の道路は、放光院を含め狭い場所ばかりに面しています。

放光院  埼玉県大里郡寄居町寄居967  地図link

 

酉 とり 浄心寺

 

 

不動明王を祀ります。

ここでの御朱印は、善導寺にお願いしてください。

 

浄心寺  埼玉県大里郡寄居町大字寄居918  地図link

 

未申 ひつじ さる 正樹院

 

 

大日如来を祀ります。

 

正樹院  〒369-1203 埼玉県大里郡寄居町寄居864  地図link

 

戌亥 いぬ いのしし 西念寺

 

 

阿弥陀如来を祀ります。

 

西念寺  埼玉県大里郡寄居町寄居843 地図link

 

 

曹洞性 禅龍寺 埼玉県狭山市

万寿年間(1024年~1028年)に創立されたとする伝承があります。これゆえに山号を万寿山禅龍寺と称したそうです。

鎌倉時代には尼寺で1000石の寺領を有していたようです。

現在の狭山市においては、一番の格式を持つ寺だったようです。

 

右手に見えるこんもりとした杜は、広瀬神社です。

 

 

 

2月3日に節分会が行われます。

 

 

観音堂(三仏堂)の御本尊は、狭山市指定文化財の千手観音坐像です。

 

 

 

灯籠を見ると成田山と彫ってありました。

他の文字がよく読めませんが、この地域にも成田講があったことが知れます。

 

 

 

金比羅堂

 

禅龍寺 埼玉県狭山市広瀬2丁目20−1 地図link

 

曹洞宗 慈眼寺 埼玉県狭山市

慈眼寺は正長元年(1428年)に創建されています。

 

 

かつては阿弥陀如来が御本尊だったそうです。

今では聖観世音菩薩が御本尊となっています。武蔵野三十三観音霊場の16番札所です。

 

 

無量寿閣

無量寿ですから阿弥陀如来です。

かつての御本尊・阿弥陀如来が祀られているのかも知れません。

 

鐘楼堂

 

こちらの建物には喪服を着た人が二人いました。引き出物を持って出てきました。

御法事か葬儀の後だったのかも知れません。

 

 

 

 

 

黒こげ地蔵(イボとり地蔵)とは、始めて聞くお名前です。

江戸時代は今のように国民皆保険の時代ではありませんから、お地蔵様に頼った方も多かったのかも知れません。

 

お線香の灰には、何かの薬効があるのでしょう。

ただし今のお線香は、やたらと化学香料を使用していますので、かえって悪くなりそうな気がします。

 

慈眼寺  埼玉県狭山市入間川1丁目9−37 地図link

 

 

真言宗豊山派 不動院 埼玉県入間市

狭山ヶ丘高校の西側にあるのが、源光山明王寺不動院です。

不動明王座像が御本尊として祀られています。

 

 

 

私は智山派ですが、御住職とは豊山派の某寺院施餓鬼会で、かつて何度かお目にかかっています。

鐘楼堂の周りのサツキが、もう少しすると満開になりそうです。

 

 

「十三仏結衆板碑」(じゅうさんぶつけちじゅういたび)

 

この板碑は文明2年(1470)に後生菩提を祈り、60余名によった作られました。

阿弥陀三尊の梵字は読めますが、他は十仏の種子が彫られているようです。

 

 

不動院  埼玉県入間市下藤沢980 地図link

 

 

曹洞宗 高倉寺 埼玉県入間市

高倉寺は天正年間(1573年~1592年)の開山です。

御本堂や観音堂など優れた伽藍を誇っています。

 

 

 

 

御本堂には釈迦三尊が祀られています。

 

 

 

観音堂は室町時代の建物で、飯能市白子の長念寺より移築されました。

重要文化財に指定されています。

堂内には中村芝翫(四代目中村歌右衛門)の扁額が保存されています。

 

 

長念寺ブログlink

長念寺の聖観音も優れた仏像です。

 

七福神の祀られている七福堂です。

 

 

高倉寺ホームページlink

高倉寺 埼玉県入間市高倉3丁目3−4

 

境内の花々

昨日は午後4時55分にバイデン大統領が、横田基地に着陸するとの情報がありました。

横田基地に着陸する場合は、南ルートと北ルートがあるそうです。北ルートの場合は、飯能市上空を通過する可能性があります。

運が良ければと思い、境内で機影を撮影できるかも知れません。

 

それまでの間、草花を撮影していました。

 

 

 

 

 

 

 

僅かですが毎年今ごろ咲く紫陽花があります。

 

 

ごく一部分だけです。

 

 

 

残念ながら南ルートだったようです。

 

江戸の平将門を祀る神社

平将門を祀る神社仏閣は多々在りますが、今回は東京都でも江戸の地域のみに致しました。

 

神田神社(神田明神)

大手町の首塚近くにありましたが、徳川家康により江戸城の鬼門である現在地に遷座しています。

遷座後に江戸総鎮守となりました。

 

中心に祀られていたのが、明治になり境外社にされてしまいました。

昭和59年に本殿三ノ宮に祀られています。

氏子や信者は、あくまでも祭神が平将門としているようです。

私も当然と祭神は平将門と思っています。

 

 

境内には色々な社が祀られています。

拝殿東側には銭形平次の碑があります。

銭形平次役でよく知られる大川橋蔵さんのお顔が浮かびます。

 

 

13年前の2月3日の節分には、大勢の方々がお見えになっていました。

当然有名人も豆まきに、各地の神社仏閣に掛け持ちのようです。

 

神田神社  東京都千代田区外神田2丁目16−2  地図link

 

将門塚

平将門の首を祀った場所と伝えられています。

第二次世界大戦後に取り崩されることになっていましたが、災いが続き残されることになりました。

それまでは古墳を利用した塚でした。

 

 

8年前の写真です。

現在は景観が変わっているようです。

 

 

日輪寺と神田明神により護持されています。

 

将門塚  東京都千代田区大手町1丁目2−1外  地図link

 

筑土神社

廃仏毀釈前までは平将門公を祭神としていましたが、天津彦火邇々杵尊に代えさせられました。

将門公は相殿に格下げられています。

 

 

社伝を読むと何度か遷座しています。

現在の新宿区にある筑土八幡神社にも遷座していたことがあり、当時は筑土神社と称していました。

 

 

筑土神社  東京都千代田区九段北1丁目14−21  地図link

 

兜神社

明治11年、兜町に東京株式取引所が設けられるにあたり創建されました。

江戸期の創建とばかり思っていました。

鎧稲荷と兜塚が合祀され兜神社となったそうです。

 

 

しかし兜塚に藤原秀郷が将門の兜だけを埋めて塚をなしたとの伝承もあります。

 

 

兜神社  東京都中央区日本橋兜町1−12 地図link

 

鎧神社

日本武尊が甲冑などを埋め、さらに藤原秀郷が平将門の鎧を埋めた伝承があります。

 

 

 

かつては近くの円照寺が別当でした。

 

鎧神社   東京都新宿区北新宿3丁目16−18 地図link

 

 

※他にも祀る神社などがあるとされる所もあります。

稲荷鬼王神社

平将門の幼名「鬼王丸」からとったとの伝承があります。明治以降に将門伝承を消したのかも知れません。

 

 

古い映画のポスターコピーがたくさん貼られていました。

 

稲荷鬼王神社 東京都新宿区歌舞伎町2丁目17−5 地図

 

筑土八幡神社

嵯峨天皇のころ創建されたと伝えられる神社です。祭神は應神天皇・神功皇后・仲哀天皇を祀ります。

 

 

かつて筑土神社(千代田区九段北)が同じ敷地に並んでありました。

 

筑土八幡神社 東京都新宿区筑土八幡町2-1 地図link

妙見菩薩 平将門 資料集 リンク

 

 

かってに関東三観音 浅草寺 鎌倉長谷寺 塩船観音

関東三観音と検索しても、歴史のある寺院を紹介するカテゴリーはありませんでした。

あるにはあるのですが、昭和になってからのコンクリートなどで造られた巨大観音像ばかりです。

 

関東の観音様を祀る所は坂東・秩父だけでなく、数多くの札所や寺院があります。

私が参拝していない寺院の方が、遙かに多いのです。

 

そのため勝手に自分好みも含めて、由緒ある関東三観音を掲載致します。

 

浅草寺

飛鳥時代に網にかかった聖観音を祀りました。小さな御堂を造り祀ったのが浅草寺の始まりです。

大化元年(645)、勝海上人が観音堂を修造しましたが、上人の夢枕に観音様が現れ、「みだりに拝するなかれ」と言われました。

そのため今でも秘仏となっています。

 

元は天台宗でしたが、昭和25年(1950)に独立して、聖観音宗となりました。

初詣はもちろん、年間を通して多くの参拝者が訪れています。

 

 

 

境内には浅草神社・五重塔・薬師堂・二天門など、多くの諸堂があります。めったにありませんが、伝法院の庭園も見学出来る日があります。

全て廻るのには、かなりの時間がかかります。

ホームページをよく調べて参拝することをお勧め致します。

 

 

仲店が数多くありますので、歩きながら買い物をするのも面白いでしょう。

美味しいお店もたくさんありますが、残念ながら私には外れもありました。

 

 

浅草寺ホームページlink

浅草寺  東京都台東区浅草2-3-1  地図link

 

 

鎌倉 長谷寺

大和の長谷寺十一面観音を勧請した寺院が各地にあります。

その中でもよく知られた寺院です。

創建は奈良時代とされています。

 

 

大変大きな観音菩薩像で、大和の長谷寺式十一面観音です。

 

 

 

参考に当寺(円泉寺)の長谷寺式十一面観音掛軸をご紹介致します。

 

 

 

長谷寺から眺めた由比ヶ浜です。

ここをバックに記念撮影をする人も大勢いました。

 

 

長谷寺ホームページlink

鎌倉 長谷寺  神奈川県鎌倉市長谷3丁目11−2 地図link

 

 

塩船観音

八百比丘尼が大化年間(645~650年)に一寸八分の紫金の観音像を納めたのが、塩船観音寺の開創と伝えられています。八百比丘尼ウィキペディア

人魚の肉を食べた八百比丘尼は不老長寿を獲得したと伝えられ、北海道と九州南部以南を除くほぼ全国に八百比丘尼伝説が分布しているそうです。

 

 

 

こちらが御本堂です。

御本尊十一面観音像・二十八部衆立像などが祀られています。

 

 

護摩堂には八百比丘尼の像も祀られています。

800年も生きて、この地にも来ていたとの伝承を知るとは思いませんでした。

 

 

参拝するならば、ツツジの頃が一番のお勧めです。

この時期は駐車場が有料になります。

 

近くのお店で、そばを食べました。

評判通りの美味しいそばでした。

 

塩船観音寺ホームページlink

 

塩船観音寺 東京都青梅市塩船194 地図link

 

 

まだまだ歴史ある参拝者の多い寺院があるはずです。

違うぞと思う方も多いでしょう。

 

 

関東三大不動 成田山・高幡不動 他の四ヶ寺

関東三不動とは成田山新勝寺と高幡不動金剛寺は確定なのですが、三番目に髙山不動・不動ヶ岡不動尊總願寺・雨降山大山寺が入ります。

全て真言宗です。

しかし天台宗の目黒不動瀧泉寺が、なぜ入らないのか不明です。三番目に目黒不動を入れました。

 

成田山新勝寺

間違いなく不動明王信仰で一番の寺院は、真言宗智山派の大本山・成田山新勝寺です。

少なくとも5回参拝しています。

関東36不動霊場の第36番札所です。

 

 

この日は御本堂で末寺や分院のご住職が集まり、会合を行っていました。

知っている方が受付しようとしていましたが、邪魔にならないよう声をかけずに御本堂参拝です。

 

成田山は平将門調伏の御祈願で有名なお寺です。

このため子孫や神田明神の氏子・信者は、成田山には詣でることはありません。

 

 

しかし、平将門公の子孫(先祖の平良文が甥である将門公の養子となった)・千葉常胤が文治4年(1185)に成田山本堂を再建しているのです。

高田崇史(たかだたかふみ)氏の「QED~ventus~御霊将門」を読み、長年の疑問が解けました。

是非読んでみてください。

ブログlink「鬼門の将軍」高田崇史著 平将門公は怨霊では無かった!

 

 

門前街が開けています。

昼食にウナギを食べ、土産物屋覗きながら帰りました。

 

成田山新勝寺 千葉県成田市成田1  地図link

 

高幡不動金剛寺

真言宗智山派・別格本山です。

京王線と多摩モノレール高幡不動駅からすぐの場所にありますので、気軽に参拝できます。

 

 

大宝年間(701 – 704)に行基菩薩が開創致しました。

不動堂には気軽に参拝できますので、この日は仲間と小さな声でお経をお唱え致しました。

 

 

関東36不動霊場の第9番札所です。

 

新選組副長・土方歳三の菩提寺です。

銅像が境内にありました。

 

 

40年程前には、この近くに住んでいたことがあります。

懐かしい場所です。

参拝するならば、紫陽花の頃が良いでしょう。

 

高幡不動金剛寺  東京都日野市高幡733  地図link

 

目黒不動瀧泉寺

慈覚大師の創建で、徳川三代家光の崇敬を受けて寺域の拡張と大伽藍の整備がなされました。

 

 

関東36不動霊場第18番札所です。

 

 

池波正太郎の作品「鬼平犯科帳」「仕掛人・藤枝梅安」に目黒不動の場面が何度も書かれています。

江戸でも多くの参拝者で賑わい、門前町も発達しました。

現在は門前町はないようです。

 

 

裏の墓地に青木昆陽の墓があります。

毎年10月28日が「甘藷まつり」が行われていますが、私が参拝したのは26日でした。

寺の境内には露店も出るようです。

 

 

目黒不動瀧泉寺 東京都目黒区下目黒3-20-26 地図link

 

髙山不動常楽院

白雉5年(654)の創建と伝えられています。

大きな伽藍を誇っています。
残念ながら軍荼利明王は、お参りできませんでした。以前お参りしたときは、あまりにも大きな像に驚いものです。

 

 

 

 

参拝するにはマイクロバスでも難しいと思います。

この日は数多くのハイカーが訪れていました。

 

高山不動 常楽院   埼玉県飯能市高山346  地図link

 

不動ヶ岡不動尊總願寺

智証大師作と伝えられる不動明王像が御本尊様です。

 

 

 

4年前に参拝しています。

節分会の参席者の名前が飾られていました。

デヴィ夫人や先日なくなった渡辺裕之さんの名前もあります。

 

 

関東36不動霊場の第30番札所です。

 

年間色々な行事が催されています。

当寺(円泉寺)に参拝に来られた方が、骨董市で面白い物を手に入れたと話していたことを思い出します。(毎月第4日曜日)

 

不動ヶ岡不動尊總願寺ホームページlink    

埼玉県加須市不動岡2丁目9−18  地図    

 

雨降山大山寺

天平勝宝七年(755)に良弁僧正が開創しました。

江戸時代には大山詣でとして、多くの人で賑わっています。

しかし廃仏毀釈の為に、寺は大山阿夫利神社とされてしまいました。

その後、明治6年に現在の場所に仮小屋を造り、明治18年に御本堂などが竣工されています。

 

 

急勾配の階段はありますが、近くまでケーブルカーが来ていますので、私でも気軽に参拝できました。

 

 

関東36不動霊場の第1番札所です。

 

17年前ですが、伽藍整備ために浄財を集めていましたので、僅かですが納めさせていただきました。

 

 

大山寺  神奈川県伊勢原市大山724  地図link

 

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