平将門

明神社 埼玉県さいたま市緑区

平将門公が祭神です。

何時の時代か分かりませんが、平将門公をお祀りしている相馬小高神社から、分霊を祀ったのだそうです。

 

参道入口は狭かったのですが、奥は広い敷地でした。

 

明神社 埼玉県さいたま市緑区井沼方390 地図

追記 2020/01/25  住所がとなっていました。

密蔵院 埼玉県川口市

密造院は当寺と同じ真言宗智山派に属しています。

先ほど書きました九重神社を包み込むような境内となっています。思った以上に広い境内でした。

 

右側が接待の場となっているようです。車椅子も用意してあり、お参りしやすい寺となっていました。

先ほどの九重神社と同じく、この地は平将門公城跡と伝えられています。

九曜紋が将門公関子孫や社寺に多く見られます。

将門公の開基と伝えられ、守り本尊であった地蔵菩薩が祀られています。

 

平将門供養塚が本堂裏手にあったのですが、気がつかずに帰ってしまいました。

 

密蔵院 埼玉県川口市安行原2008  地図             ホームページlink

 

近衛神社 埼玉県川口市

隣の密蔵院と比べると、かなりの規模の違いがあります。密蔵院と九重神社の地は、平将門公の城跡と伝えられています。

元々は氷川神社でしたが、明治以降に安行の九社の神社を合祀して九重神社としたそうですが、どこにもありそうな神社です。

しかし、密蔵院の紋章は九曜星です。平将門公の信仰した妙見菩薩に因んでいます。

ここの紋も九曜星ですので、紋に関連して付けられたのかもしれません。明治以降、平将門公への多くの神社の対応が、関連しているようにも思います。

となりの密蔵院では、ハッキリ平将門公の関連を伝えています。

 

丁度、車のご祈祷が終わったばかりでした。

二人の神職の方がいましたので、少し話しを致しましたが、とても気持ちの良い方でした。

社殿の西側には、大きなスダジイの木があります。

 

追記  2020/01/24

近年は御朱印ブームですが、当寺に来られる方の御朱印帳を見ると、九重神社の御朱印が数多く見られます。

宮司の人柄とアイデアの勝利なのでしょう。

 

              ホームページlink

 

城峰神社 埼玉県吉田町石間

平将門公伝説のある城峰神社です。

堂々と将門の額が掛けてあります。

 

観光マップで分かるように、かなりの山中ですが車で行けます。

 

お社を解体した廃材でしょうか。

 

看板にあるように桔梗は花が咲かないの伝承があります。

この伝承は、千葉県、茨城県でもありました。

 

追記 吉田町は秩父市になりました。

城峰神社 地図

大達原稲荷神社と妙見神社 埼玉県秩父市大滝

大滝には平将門公伝説が多く残っています。

大達原(おおだはら)の稲荷神社は、かつて将門八幡社といわれていました。

 

 

地図にあった妙見神社は、稲荷神社のすぐ東にあります。しかし地続きではありません。

扁額は妙見神社ではありませんでした。しかし、ここだと思います。

 

 

 

大達原の高札場は鳥居の場所から少し東にあります。

 

この後に三峯神社に向かいました。途中の荒川の景色です。

 

大達原稲荷神社と妙見神社  埼玉県秩父市大滝

 

追記  地図リンク

後でグーグルマップで調べると、妙見神社はもう少し下の社のようです。再び間違えている可能性もあります。

将門八幡社も稲荷神社の並びにあるように書かれているブログがありました。

高札場住所は秩父市大滝532番地1先です。

 

登由宇気神社 埼玉県熊谷市

平将門と深い関係のあった平良文は、現在の熊谷市村岡にいました。良文は村岡五郎と称していました。

良文の住んでいた村岡については、他の場所であるとする説もありますが、渡辺綱の父・源宛(みなもとのあつる)との逸話の場所を考えると、現在の熊谷市村岡となります。

良文の子孫もここに住んでいた記録があります。

 

さて登由宇気(とようけ)神社神社です。

 

 

かつては神明社でしたが、明治になり今の名称になりました。

ここの祭礼は年四回あり、団子撒きが行われます。

 

 

境内末社・八坂神社祭礼ではたくさんの灯籠がともります。「村岡のばか灯籠」と言われています。

 

 

荒川の周りは田んぼが広がり、良文を支える豊かな荘園だったのでしょう。

 

 

登由宇気神社   埼玉県熊谷市村岡851-1

追記  渡辺綱ブログ

 

天台宗 妙見寺 群馬県群馬町

妙見菩薩を調べ始めました。

関東における妙見信仰の大元をまずお参りしました。

関東における桓武平家末裔の多くが、妙見菩薩を信仰するに至ったのは、平将門公、平良文のいわれからです。

 

 

先ずは御本堂です。

 

 

妙見寺は神亀6年(729)に天白山妙見寺(大阪府南河内郡太子町春日)より勧請されたという説。
続日本紀:「宝亀2年 (771)上野国、美作国・・各々50烟を給す妙見寺(天白山)」(天白山は、もと東方の信夫山にあった。)
あるいは、714 年(和銅7 年)またはその翌年の715 年(霊亀元年)上野国大掾藤原忠明の開基により創建されたと伝えられる。

妙見堂は御本堂西側になります。

平良文や一族により、秩父、鎌倉、千葉へと伝えられ、妙見信仰が関東各地に広がりました。

 

妙見堂拝殿

妙見堂本殿

 

妙見寺 妙見菩薩お姿

 

 

近くの妙見茶屋に寄り、有名な酒まんじゅうを買いました。

この店の女将さんによると、以前は妙見寺には住職が住んでいませんでした。現在の御住職が来られてより、良くなったと話していました。

 

妙見寺 群馬県群馬町引間213 (現在は高崎市引間町)

 

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