他の寺社

吾那神社 飯能市虎秀

吾野(あがの)に来るたびに前を通る神社です。我野神社もあります。我野神社ブログlink

明治以降に熊野神社に他の神社を合祀して、吾那神社(あがなじんじゃ)となったようです。地名については古くは吾那であり、我野が江戸時代に文献に出ているようです。

また、吾野は一部が武蔵野国秩父郡でした。昭和31年に飯能市に編入しています。

 

 

階段を登ると狛犬が迎えてくれます。

 

 

古くは更に上に祀られていました。礎石が三箇残されているようです。

その後室町時代に、この場所に遷座しました。古い歴史と格式のある神社です。

右側には稲荷社が祀られています。

 

 

庚申様・青面金剛の石仏です。

 

 

吾那神社  埼玉県飯能市虎秀10-1  地図リンク

 

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曹洞宗 宝蔵寺 埼玉県飯能市

当寺より2㎞ほどにある曹洞宗寺院です。青梅市の御住職が兼務されています。

何度か訪れているのですが、御本堂が新しくなってからは、始めてお参りになります。

応永3年(1396)に亡くなられた加治文吾新左衛門尉丹氏朝臣貞継が開基となり創建されました。

 

 

御本堂前にお地蔵様などの石仏が集められています。

 

 

六地蔵六面宝幢と言うようですが、とても良いお姿をしています。

 

 

観音様の石仏でしょうか。きれいなお姿をしています。

 

小さな弁天様石仏です。

 

 

弁天様石仏は飯能市内でも珍しく、貴重な仏さまだと思います。

 

 

光明真言の彫られた石塔です。

曹洞宗寺院では初めて見たような気がします。

 

 

御本堂を新たにした折、一字一石経が発見されました。

私の寺には記念の石塔がありますが、納められた石は見たことがありません。

 

 

 

 

宝蔵寺 埼玉県飯能市中居100 地図

 

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加治神社 埼玉県飯能市

加治神社には何度かお参りしています。普段は中山の天神様と呼んでいます。

中にも駐車できますが、今日は鳥居の隣にある花屋さんに車を置かせていただきました。

ちょっと目は花屋さんに見えませんが、店舗とは離れた作業所のようになっています。

 

 

途中の鳥居から左側には広場となっています。

親子連れが何組か遊んでいました。

 

 

途中の参道は木が茂り、気持ちよく参拝が出来ます。

 

 

御本社に先ずは参拝です。

 

 

今日の目的の一つは、ここの笑う狛犬です。

狛犬ファンには良く知られているようです。多くの方がブログなどに掲載しています。

 

 

広場に面して筆塚の碑があります。共に本橋渓水筆塚です。

渓水は天明3年(1783)に生まれ、地元仲山だけでなく多くの門人を育てました。

嘉永4年(1851)に69歳で没しています。

 

 

近くの大里屋支店「四里餅」は美味しいですよ。お勧めします。

 

加治神社 wikipediaリンク

加治神社  埼玉県飯能市中山716 地図

 

←雷電山地蔵院 埼玉県飯能市              真福寺 飯能市中山→

 

雷電山地蔵院 埼玉県飯能市

たまたま見つけた神社であるか御堂です。

調べると地蔵院とありました。今は雷神堂と言われているのかも知れません。

新編武蔵野風土記に「地蔵院  雷電山と号す、新義真言宗、虎秀村東明寺の末なり、本尊地蔵を安ず」とあります。

また、新編武蔵野風土記に別に「地蔵堂 村民持ち」とも記載がありました。現在でも祀られているのか不明です。

 

 

左から地蔵尊、雷電山、稲荷社です。

 

雷電山と額にありました。ここにお前立として雷神石仏が祀られています。

 

 

地蔵菩薩石仏  額には地蔵尊とあります。

 

 

稲荷社

 

 

住所も示せば良いのですが、民家の庭先を通り行かなくてはなりません。

また、駐車場がありませんでしたので、近くの空き地に駐めさせていただきました。

 

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浅間神社と浅間塚 埼玉県飯能市

この地域は開墾されるまで、大木の茂る林が多かったようです。

この地区を開墾した当寺檀家さんに聞くと、何度も頭を抱えたそうです。

 

塚と伝えられていますが、元々は古墳だったようです。

また千人塚と言われたこともあったのは、正治元年(1199)に丹党の青木氏戦死者を葬った所とも伝えられています。

しかし大字青木からは離れすぎているような気がします。青木氏が広い範囲で支配していたのかも知れません。

 

 

広い水田の多い地区と異なり、田んぼの少ない飯能の区域では、由緒ある豪族の末裔としても、大きな勢力を持ち得なかったと思います。

 

浅間神社は近世に富士信仰が盛んになり祀られました。

 

 

浅間神社は飯能市双柳の浅間地区が持っています。

 

 

まだ幾つかの古墳があったようですが、残されているのはここだけです。

飯能市には数少ない古墳の一つのようですが、明らかなことは分かりません。

 

車を駐める場所がありません。写真を撮り、お賽銭と手を合わすだけで帰りました。

 

浅間神社 浅間塚  埼玉県飯能市双柳1162-2  地図link

 

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真言宗単立 成木山安楽寺 東京都青梅市

安楽寺はかつて真言宗豊山派の別格本山でした。

御住職と話しをする機会があり、その折りに単立にすると話していました。

 

先ずは仁王門と軍荼利明王堂です。

 

 

外から見ただけでも、歴史のある格式高い寺院であることが分かります。

 

 

安楽寺本堂附玄関、金剛力士立像吽形、伝金剛力士立像、軍荼利明王立像、木造扁額が東京都指定有形文化財に指定されています。

 

 

趣のある庭園と建物です。

以前に用があり来たときは、庭に大きな貯水槽の工事をしていました。都の文化財を保護するための工事でした。

何カ所か放水銃が設置されています。

 

 

珍しい木造の宝鏡院塔です。石の塔はアチコチにありますが、木像は記憶にありません。

 

 

安楽寺 東京都青梅市成木1丁目583 地図リンク             安楽寺wikipediaリンク

 

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塩船観音参拝 東京都青梅市

数年前にツツジ見物を兼ねて参拝して以来です。

今日は平日でしたので参拝者も少なめでした。新型コロナウイルスの影響もあると思います。

まずさ山門より。

 

 

前回来た時は、ほとんどの御堂をお参りしたのですが、今回は阿弥陀堂、薬師堂、御本堂、護摩堂のみにしました。

他の場所もお参り致しましたので、階段の上り下りが辛くなってきました。

 

 

御堂の多くと仏像がが重要文化財となっています。歴史と格式を感じる寺院です。

 

 

 

護摩堂を参拝し、裏の聖観音大仏に向かいました。

晴れ渡った良い時期に来たと思います。

 

 

以前来たときは上まで登り、満開過ぎたツツジを撮影したのですが、スマホだけでしたので、改めて仲間と来ようと思っています。その時のみ駐車場が有料になります。

 

御本尊と二十八部衆が使用されている来年のカレンダーを求めました。

このように祀られているわけではなく、カレンダーにふさわしい配置で作られています。

 

 

塩船観音 東京都青梅市塩船194  地図リンク

塩船観音wikipediaリンク

 

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十社神社と大類古墳群 埼玉県毛呂山町

鎌倉街道が近くに通っており、古くは開けた所でした。大類には中世に活躍した大類氏の館跡があります。

神社は大類氏の菩提寺であった大薬寺が別当を務めていました。

興味をひくのは境内だけでなく周囲にも多くの古墳が残されていることです。畑になった場所にも、更に多くの古墳が点在していたと思われます。

 

 

社号のある場所も古墳と思いましたが、大類氏館跡で北側の土塁のようです。大薬寺あたりが館跡でした。館跡の古墳群は取り払われたと思います。

社の周りには誰でも分かる土盛りが、アチコチに点在しています。間違いなく古墳群であることを理解できます。

 

 

祭神は足利基氏配下の武将・金井新左エ門以下九士の霊だそうです。

明治40年に愛宕神社、諏訪神社。大正3年に鹿島神社、稲荷神社を合祀しています。大類地区ばかりが氏子でしたが、鹿島神社が合祀され、苦林地区も氏子となりました  

 

神社の周りを歩き回れば、大事な場所で会ったことが分かります。

 

 

西脇の道を挟んだ所にもありました。

 

 

弁財天の石仏が、祀られていました。

 

 

十社神社神社  埼玉県毛呂山町大類29 地図link

 

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嵐山町 志賀観音堂 聖徳太子などの石仏

志賀観音堂には多くの石仏があります。

バイパスが出来てからは前を通ることがなくなりましたが、学生の頃から何度か寄ってお参りをしています。もう少し緑が豊かでした。

 

 

聖徳太子像は大工職人の神様として祀られました。

当寺には指金を持った掛軸があります。ブログlink

 

 

立派な宝とうです。

文字の聖徳太子塔や大黒天、馬頭観音、青面金剛、地蔵菩薩なども祀られていました。

 

 

志賀観音堂 埼玉県比企郡嵐山町志賀  地図リンク

 

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台湾の寺院 臨済宗 法水寺 群馬県渋川市

法水寺の総本山は、台湾の「佛光山光山寺」です。

日本に於いては、東京、山梨、大阪など、各地に寺院と道場があり、ここが日本における本山となっています。

 

 

下の案内板は、まだ工事中に撮影されたようです。

まだ完成から2年しか経っていません。

以前何度か前を通っていましたが、始めて参拝させていただきました。

 

 

駐車場から御本堂を見れば、背後に水沢山が控えています。

駐車場と参拝の料金は無料でした。年中無休です。

 

 

階段の正面には、大きな布袋様が祀られていますが、中国や台湾では弥勒菩薩として信仰されています。

 

 

久しぶりに長い階段を登りました。

 

 

 

御本堂前には、たくさんの牡丹が並べられていました。

境内に3000鉢あるのですが、今年の花の最盛期の5月はコロナのため訪れる人は人が少なかったと話していました。

 

 

御本尊様は、お釈迦様ですが、ミャンマーの御尊像を模してあるのだそうです。

高さが5メートルもあります。まさか石仏とは思いませんでした。台湾から運ばれてきました。

 

 

天井の蓮の絵は、台湾から来た画家さんの作品だそうです。

 

 

壁面には、たくさんの仏さまが祀られています。向かって左側が阿弥陀如来、右側が薬師如来です。

 

 

  本堂内の韋駄天像

 

順序は逆になりますが、受付を済ませて最初の部屋にて説明がありました。

最初の部屋に立派な千手観音様が祀られています。

 

僧侶は尼さんばかりでした。

 

 

出口には食事が出来る場所がありました。

赤城山などの景色を眺めながら食べることが出来ます。

食後にここに来ましたので、次回参拝することはないかもしれませんが、もし来られたときは食べるようと思います。

 

 

まだ寺のホームページは作成中です。今年中には出来るようです。

情報が参拝した方のブログなどしかありませんでした。

座禅や写経も出来ますが、予約制でした。ホームページが出来れば、発信力が増しますので、参加者・参拝者も増えると思います。

 

法水寺 群馬県渋川市伊香保町伊香保637−43 地図

 

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