他の寺社

庚申神社 埼玉県入間市

庚申神社とは始めて聞く神社です。祭神は猿田彦でした。

笹が入口に飾ってありましたので、今でも祭礼が行われているようです。

 

 

狛犬が迎えてくれましたが、獅子のような気がします。

 

 

安永9年(1780))の庚申と彫られた石塔が祀られているようです。

底の抜けて柄杓がありましたが、胃病か底抜けに治った御礼なのだそうです。

 

 

お稲荷さんも祀られています。

 

 

すぐ西側は圏央道です。

 

 

 

庚申神社 埼玉県入間市仏子 地図

 

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宮子神社と摩利支天石仏 群馬県伊勢崎市

宮子神社の祭神は大己貴命(大国主命)で、万寿3年(1025)の創建です。

たまたまですが、先ほど行った大国神社も祭神は大国主命(大黒天)でした。

 

 

素晴らしい龍の彫り物があります。

 

廃仏毀釈以前は別当として月読山福昌寺が勤めていました。

お社の右脇、林の中には歴代住職の墓石も並んでいます。

 

 

これだけ石仏などが並んで知るところは少ないと思います。

 

 

他にも沢山の石仏・石祠などが祀られています。

 

本日の目当ては、摩利支天石仏です。前に狛犬が守っていました。

 

 

猪に乗った精悍な摩利支天です。

 

 

少し前に参拝した白龍神社は、女神の摩利支天でした。白龍神社ブログlink

 

宮子神社 群馬県伊勢崎市宮子町1710 地図リンク

 

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大国神社 群馬県伊勢崎市

大國(おおくに)神社は垂仁天皇の9年に大国主命を祀りました。

延喜式に書かれている上毛の五之宮で、第五姫宮・五護之宮とも言われているようです。

神護景雲元年(767)に社殿が造営されました。

 

 

祭礼の折には伊勢崎市指定無形民俗文化財に指定されている獅子舞が行われます。

 

 

八坂神社前に石幢がありました。

 

 

昔、近くの御手洗池畦で発掘されたと伝えられています。

 

 

境内には多くの石祠が祀られていました。

各神社の名前が示されているのは、ありがたいです。

 

 

摩利支天宮

 

 

大國主命

 

 

大国神社  群馬県伊勢崎市境下渕名2827  地図リンク

 

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天台宗 長安寺 群馬県伊勢崎市

長安寺は境内がよく整備された寺院です。御本尊は釈迦牟尼如来です。

文応元年(1260)に開山されました。

 

 

威音王堂は北関東三十六不動尊霊場第七番札所になっています。

時折護摩の修法が行われています。

 

 

全国善光寺会員にもなっていました。

善光寺とはどのような関連があるのでしょう。

 

威音王堂の脇には、みかえり不動尊が祀られていました。

 

 

御本堂裏には羅漢さんが祀られています。

 

 

長安寺 群馬県伊勢崎市西小保方町304−1 地図リンク              長安寺ホームページlink

 

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御嶽山白龍神社 群馬県伊勢崎市

そこそこの広さの池に赤で統一された鳥居・欄干・お社など、主立った場所が鉄骨で出来ています。

 

 

池には足こぎのボートがありました。

 

 

鳥居を潜り、駐車場より欄干を通って、お社に向かいました。

 

 

昭和50年に出来た新しい神社でした。

御嶽山系の行者さんが開かれた神社のようです。

 

 

御滝三神の内、摩利支天が池の東北側に祀られていました。

 

 

各地で見る猪に乗った摩利支天ではなく、女神の像でした。

 

白龍神社 群馬県伊勢崎市東小保方町2944 地図リンク

 

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小泉稲荷神社 群馬県伊勢崎市

以前ここを通った時に、大きな鳥居があると思っただけで通り過ぎました。

小泉稲荷神社に参拝することにして、ここだったのかと思い出しました。群馬県で一番大きな鳥居です。

 

 

お社の前には、大小200ほどの鳥居があるそうです。

 

 

先ずはここの鳥居を潜り、たくさんの鳥居から参拝致しました。

 

 

崇神天皇の時代に、毛の国開拓の祖神とされる豊城入彦命が、東夷征討の折に山城国伏見稲荷の分霊を祀って創建したものと伝えられているそうです。

平安時代には耶無陀羅寺という阿弥陀寺の境内にありました。

現在は地元の方々が管理しており、広く信仰を集めています。

宮司さんは祭礼などを除きほとんど不在で、御朱印は自分で押すようになっているようです。

 

 

お参りを済ませると、二匹の狛狐が気になりました。

親子連れの狛犬は何度か見ていますが、狛狐では初めてです。

 

 

小泉稲荷神社 群馬県伊勢崎市小泉町231 地図リンク

 

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香林火雷神社 群馬県伊勢崎市

室町時代より「境野家」の氏神として「太郎宮」が建立されていました。

群馬県は雷が多く、明治12年に火雷(からい)神社と改称されています。

 

 

鳥居の額には「泰?宮」とあります。室町時代より「太郎宮」と言われていたそうですが、異なるようです。

二文字目が分かりません。「菎」とも異なるようです。

 

 

境内には「摩利支天尊」が祀られています。

各地の摩利支天尊は、勝負の神として知られているところが多くあります。

 

 

中には各地の摩利支天尊と同じく、木刀が納められていました。

剣道だけで無く、柔道・受験・選挙などの勝負事?に買った祝いに、木刀を納めているところが多くあります。

 

火雷神社  群馬県伊勢崎市香林町2丁目甲789  地図リンク

 

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新田触不動尊 高野山真言宗 西慶寺 群馬県太田市

以前他の新田触不動尊を参拝したのですが、郷土史の方はこちらが本家本元だと話しているそうです。

新田家の祈願寺でしたので、間違いないでしょう。

 

 

境内には多くの木が植えられています。四季折々に楽しめる寺です。

 

 

梵鐘は太田市指定文化財になっており、新田触不動尊の縁起が刻まれています。

不動明王が新田義貞鎌倉攻めのおり、越後国の新田一族に知られるために、天狗や山伏に化して触れ回ったと伝えられています。

このことにより援軍数百名馳せ参じました。

 

 

新しい御本堂が建立されていました。

 

 

こちらが触不動の御堂です。

 

 

境内の石仏です。

 

 

この石仏が残念ながら分かりません。

 

二十三夜塔は文化9年の造立です。

 

西慶寺  群馬県太田市烏山 上町1426−1 地図

西慶寺カフェ (ブログ) リンク

 

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妙義神社 群馬県富岡市

上毛三山の内、妙義山を御神体とする神社です。

 

 

かつて妙義神社近くの道路から、遠方でしたが岩肌を登る登山客を見たことがありました。

何カ所か鎖場があるそうです。

 

桜や紅葉の頃が一番の見頃でしょう。

 

 

総門につきました。

江戸時代後期の八脚門の代表的な遺構名のだそうです。重要文化財に指定されています。

 

 

 

廃仏毀釈以前は天台宗白雲山高顕院石塔寺が別当でした。

よく額と仁王像が残されていたと思います。

 

 

随神門です。

 

 

唐門は明暦の頃に建設されました。県の重文に指定されています。

 

 

門を潜り御本社を参拝します。

 

拝殿・御本社は国の重要文化財に指定されています。

日光を思い出します。

 

 

御本社の北には影向岩がありました。

岩の上には紅葉があり、下の隙間には石祠が祀られていました。

 

 

宝暦以前に波己曽社(はこそしゃ)は、本殿が出来る前には本社でした。県の重要文化財です。

 

 

以前宝物殿を見学させていただいています。

残念ながらコロナのため拝観停止となっていました。

 

 

総門北側には髙石垣が築かれています。石垣の上が、かつての高顕院御本堂でした。

 

 

 

妙義神社 群馬県富岡市妙義町 妙義 6 地図リンク              妙義神社ホームページlink

 

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伊勢山妙見宮 群馬県下仁田町

妙見菩薩を調べる過程で、今から17年前頃にお参りに来ました。

 

 

以前と異なるのが、奉納旗が多く立てられていることです。

 

 

扁額の文字は、前に行った黒瀧山不動寺住職の筆でした。

不動寺の札も祀られています。

 

 

伊勢山妙見宮甘楽郡 群馬県甘楽郡下仁田町下仁田 地図リンク

 

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