円泉寺便り

お地蔵さまの図 造作五迷罪 常念地蔵尊 遊戯諸地獄 決定代受苦

かなり古い地蔵菩薩の掛軸です。

吊り下げて祀ることが出来ないほどになっています。

 

 

有名な室町時代の画僧の名が書かれていますが、おそらく後に書き込んだと思われます。

画風が異なるように思います。

 

 

「造作五迷罪 常念地蔵尊 遊戯諸地獄 決定代受苦」

五迷の罪を作っても  常に地蔵尊を念じれば  色々な地獄に落ちても 代わりに苦を受けてくれることは疑いないことです。

鎌倉時代の法相宗僧・貞慶の言葉のようです。

法然による浄土教の台頭に対抗するために、南都仏教が民衆救済の一環として地蔵信仰を積極的に取り入れました。

貞慶の地蔵信仰 邦彦 PDFlink

 

弘法大師は地獄のことを地獄は何れの処にか在る いずれかの自心の中に観ん     弘法大師(秘密曼荼羅十住心論)と説いています。

 

 

木版に彩色が施されています。

 

 

いずれ表装をしたいのですが、まだ先になりそうです。

 

 

良寛図 あしびきの 国上の山の山畑 蒔きし大根ぞ あさずくらいせ君    

あしびきの 国上の山の山畑 蒔きし大根ぞ あさぞ食せ君 

あしびきの くにがみのやまのやまばたけ まきしぞおおねぞ あさぞくらいせきみ

 

 

「あしびきの 国上の山の 山畑 蒔きし大根ぞ あさず食せ君」 はありましたが、下の歌と少し異なりました。

 

 

良寛の元に訪れた客に、大根を振る舞った歌です。

 

 

この掛軸は他にも多くあるようです。

肉筆に見えますが、巧芸品のようです。

 

他の作品では作者名が異なっていました。

良寛の後の文字は、書風が異なります。後で他の人が書き入れたようです。

 

歌とあっていないようにも思われますが、子供と戯れる良寛の人柄が偲ばれる作品です。

 

又野龍也画伯の絵です。

 

 

この絵はお世話になっている方へのプレゼントです。

手元にはありません。

画伯は隣の日高市に住んでいます。日高市link

 

 

泉福寺 重要文化財・阿弥陀如来像収蔵 真言宗智山派 埼玉県嵐山町

泉福寺

泉福寺は無住のお寺ですが、本尊の木造阿弥陀如来坐像が重要文化財に指定されています。

新編武蔵野風土記によれば、建久元年(1190)の開創になるようです。阿弥陀三尊像は慈覚大師の御作とも書かれていますので、古は天台宗だったのかも知れません。

 

像内に仏師定朝の流れをくむ、定生の建長6年(1254)墨銘がありますが、修復名のようです。

開創後の僅か60年で修復とは思われませんので、開創以前の仏像の可能性もあると思います。

 

泉福寺 ウィキペディアlink

 

 

御本堂参拝後に収蔵庫に向かいます。

 

御本堂に祀られていた重文の阿弥陀如来と埼玉県指定有形文化財の観音菩薩・勢至菩薩像が納められている収蔵庫です。

 

 

下記に書きました三門館跡は、NHK放映中の『鎌倉殿の13人』に出て来る比企氏関連として、比企遠宗と妻・比企尼が暮らしていた館跡の説もあります。

新たに作られた看板には、比企尼と思われるイラストが描かれていました。

 

 

収蔵庫内の阿弥陀さまなどを拝観するには、滑川町教育委員会へ申し込む必要があります。

 

泉福寺 埼玉県比企郡滑川町和泉1681 地図link

 

三門館跡

泉福寺東側約200メートルに三門館(みかどやかた)跡があります。

堀と土塁がありますが、築城年代や誰の館であったかは不明です。

泉福寺とも関連があると思います。

 

三門館跡  埼玉県比企郡滑川町和泉1237 地図link

 

曹洞宗 慶徳寺 埼玉県滑川町

慶徳寺は中武蔵薬師霊場72番札所の結願寺です。

中武蔵七十二薬師霊場ブログlink

 

創建は永承元年(1504)になります。

 

寺に向かう途中に不動明王の石仏が祀られていました。

素晴らしい不動明王像です。

 

四天門の四天王御尊像は、埼玉でも珍しい優品では無いかと思います。

 

御本堂の参拝を済ませると、階段を登り薬師堂に向かいました。

 

かなりの中抜きでしたが、薬師霊場結願の薬師堂をお参りすることが出来ました。

 

向背天井には、素晴らしい絵が描かれていました。

 

御住職が境内の掃除をしていましたので、邪魔とは思いましたが声をかけさせていただきました。

今年の参拝は御朱印ブームもあって普段より多い程度と話していました。

 

かつて慶徳寺では、薬草を薬研で細かくし、目に良い薬を無料で差し上げていた時代があるそうです。

薬事法が出来ため出来なくなったのだそうです。

 

今は官地となってしまった寺池(てらいけ)です。

昔は目が良くなった方々が、寺池に鯉を放ったそうです。

戦後の物資不足の時には、檀家さんが恋をとって食べてしまったと話していました。

 

ここでは分かりませんが、各地のため池などではブラックバスなどを放流している人がいますが、やめてもらいたいものです。

 

 

慶徳寺  埼玉県比企郡滑川町中尾812  地図link

 

 

寄居町 閻魔大王 ペット納骨永代供養墓 高蔵寺(天台宗) 延命地蔵尊 子育て地蔵 埼玉県

天台宗 高蔵寺

高蔵寺は柳澤兵部丞信俊が開基で、慶長19年(1614)没しました。柳沢吉保の祖父です。

信俊の墓は御本堂裏にありました。

 

御本尊は阿弥陀如来です。

併せて武蔵十三仏霊場の阿閦如来を祀ります。

 

本日目的の一番お目当ては「閻魔さま」の参拝です。

 

 

駐車場に駐めましたが、先ずは入口近くから山門を通り、御本堂に手を合わせました。

 

 

重厚な御本堂です。

 

その後で閻魔堂に向かいました。

 

実際には拝観出来ない寺院もありますが、お参りしやすいように扉が開かれていました。

このように立派な閻魔様は、なかなかお目にかかることはありません。

ましてすぐ近くです。

 

墓地の方に目を向けると花壇が見えます。

寄ってみるとペットの墓地(ペット霊園)でした。

当寺(円泉寺)もペット供養塔(お骨にしてから納める)があり、毎月数件の申し込みがあります。

ここは手のかかる樹木葬のような墓地でした。鉢にはきれいな花々が咲き誇っています。ガーデン風樹木葬墓(にじの橋)link

 

立派な永代供養墓もありました。

当寺(円泉寺)では、ペット供養塔に納骨された方が、墓地や永代供養の契約をする方が、けっこういました。

ペットのそばで眠りたいと話す人もいます。

 

今は墓じまいが多くなり、墓地は申し込む方が減っています。

永代供養への需要が多い時代となっていますので、併せてペットの納骨施設も必要なのかも知れません。

 

お参りを済ませると、草花の手入れをしている御住職の奥様から声をかけられました。

けっこう長時間お話をさせていただました。

 

地名が今市ですので、宿駅として重要な地域であったことが想像されます。

 

高蔵寺 埼玉県大里郡寄居町今市700 地図link

☎048-582-0342

 

延命地蔵尊

奥様に近くの延命地蔵尊も管理していると伺いました。

着いてみると若い頃に二度ばかり参拝している御堂でした。

 

鎌倉街道上道(かみつみち)に面しており、多くの武将が鎌倉を往復したり、戦に馳せ参じた古の道です。

 

 

埼玉県内でも大きな室町時代に作られた地蔵菩薩で、寄居町指定文化財です。

 

イボとり地蔵として知られていましたが、現在では子育て地蔵として信仰されているようです。

赤ちゃん用よだれ掛けが納めてありました。

以前参拝したときには無かった風習です。

 

境内には鎌倉街道上道の案内板がありました。

 

 

延命地蔵尊 埼玉県大里郡寄居町今市 地図link

 

※追記 先日来られた寄居町の当寺(円泉寺)檀家さんがこのブログを読んで、ズッと以前に寿司の出前で高蔵寺に時折伺ったことがあると話していました。

 

大日堂の胎蔵界曼荼羅板碑 埼玉県寄居町

不動寺から約300メートル南に大日堂があります。

 

 

御本尊は金剛界大日如来を祀ります。

 

 

胎蔵界曼荼羅が彫られた寛元元(1243)年の板碑です。

 

数多くの梵字が彫られた正中2(1325)年の板碑は、左右に光明真言が彫られています。

光明真言供養塔の初期の例かも知れません。

 

他にも板碑が祀られています。

 

六地蔵と石仏

 

二十二夜塔

 

曼荼羅と光明真言ですから、近くの不動寺と関連のある御堂のような気がします。

不動寺ブログlink

 

大日堂 埼玉県大里郡寄居町富田2063 地図link

 

 

モーツァルト 《魔笛》 「夜の女王のアリア」 コロラトゥーラ 田中彩子

たまたま田中彩子のニュースを読みました。世界に誇る日本人コロラトゥーラ歌手です。

Newsweek誌『世界が尊敬する日本人100』(2019年)に選出されています。

早速ユーチューブで「魔笛」を視聴しました。

 

 2022年コンサートツアー  田中彩子コンサートPICKUP NEWS

 

コンサートには行けません。

CDを買いました。

 

華麗なるコロラトゥーラ(SACD-Hybrid)

 

 

他の方のユーチューブ「魔笛」です。

ルチアーナ・セッラ

 

Diana Damrau

 

ルチア・ポップ

 

やはりモーツァルトは天才だ !

 

花園フォレスト ローズガーデン(バラ園) 埼玉県深谷市

深谷と寄居の寺院巡りの途中に「花園フォレスト」に寄りました。

今まで何度も前の道を通っているのですが、寄ったことがありませんでした。

 

駐車場から店舗に向かうと、まず目に入ったのはバラ園です。

 

まさに満開の時期でした。色々な種類のバラが咲いています。

 

 

バラの時期以外にも楽しめそうです。

気軽に休む場所もありました。

 

 

 

 

お子さん向けの場所もあります。

この日は平日でしたので、子供の姿は見えませんでした。

 

 

バラを楽しんだ後には、花園フォレストで食事と買い物です。

 

 

まず館内で食事をしました。

この日はスパゲッティです。

 

 

店内の散策です。お土産にパンを買いましたが、全てをパン好きの友人に分けてしまいました。

喜んで頂けたようです。

 

 

パン以外にも焼き菓子やケーキなども販売していました。

お菓子の通販も行っています。

 

東隣の「十割そば処 花園蕎麦」も花園フォレストの経営です。

 

花園フォレスト ホームページlink

花園フォレスト  埼玉県深谷市小前田417  地図link

 

真言宗智山派 不動寺 埼玉県寄居町

かなり古い寺院のようですが、詳細は不明です。

新編武蔵野風土記が著された時点で、住職は26代目でした。

 

武蔵七党のひとつ猪俣党一族の不動寺太郎の居館跡といわれています。

平安時代末期の武将です。

 

鐘楼門の鐘は天明2年(1782)の鋳造です。

 

 

新編武蔵野風土記に「本尊不動は大山不動と同木同作と云傳ふ」とあります。

 

歌碑がありましたが、私には読めませんでした。

素晴らしい書体です。

 

春もやゝ 気色とゝのふ 月と梅  芭蕉

 

 

 

 

庫裏の前には長屋門があります。

 

境内には色々な場所に七福神が祀られていました。

 

板碑は寄居町で一番古く、康元2年(1258)の紀年銘があるようです。

阿弥陀如来の梵字キリークはどうにか読めるのですが、蓮座と花瓶は分かりませんでした。

 

 

約300メートル南の大日堂には、蔵界曼荼羅が彫られた寛元元(1243)年の板碑があります。

大日堂ブログlink

 

不動寺駐車場は裏手にあります。カーナビでも裏手に案内されました。

 

不動寺  埼玉県大里郡寄居町富田2024 地図link

 

曹洞宗 昌国寺と昌国寺展 埼玉県寄居町

水野長勝は三河松平氏の一門で織田信長に仕えていましたが、本能寺の変の後は北条氏邦の家臣となっています。
北条氏滅後は徳川家康の従兄弟でしたので、旗本に取り立てられ後に800石の旗本となりました。


北条氏時代に現在の昌国寺となった場所に館を構えています。

徳川の旗本となってから陣屋としました。さらに昌国寺とし菩提寺にしました。

子の忠貞の代に5000石となっています。御本尊はお釈迦さまのようです。

 

 

境内には陣屋跡であったことが分かる空堀・土塁などがあります。

 

 

 

矢印にはだまされました。

 

墓は御本堂の北西側でした。方向が180度異なります。

水野長勝が水野十郎左衛門と書かれてある文章がありましが、新編武蔵野風土記には書かれていませんでした。

 

旗本奴で知られる水野十郎左衛門とは異なるようです。旗本奴の水野十郎左衛門墓があるわけではありません。
十郎左衛門は千五百石取の旗本でした。歌舞伎の『極付幡随長兵衛』などで知られています。

遠縁なのかも知れませんが、ここに墓があるわけではありません。

水野成之(水野十郎左衛門)ウィキペディアlink

 

案内板には、水野家累代の墓地が記されています。

 

 

 

 

 

向かって左側が水野長勝墓です。

 

 

昌国寺  埼玉県大里郡寄居町赤浜915 地図link

昌国寺は無住の寺院です。
御本堂も立派であったのでしょうが、今は小さな建物になっています。

 

鉢形城歴史館において、令和4年6月5(日)まで、『昌国寺展』が開催されています。企画展link

 

 

 

鉢形城跡は昭和7年に国指定史跡にしていされ、日本100名城としても知られています。

鉢形城ウィキペディアlink

 

 

時間はかかりますが、城跡を全て見学するのも楽しいことです。

写真は以前行ったときの物です。改めて歴史館に寄るつもりです。

 

鉢形城歴史館  埼玉県大里郡寄居町鉢形2496−2 地図link

 

 

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