2018年11月

寺カフェ 阿弥陀堂

境内の阿弥陀堂は、檀家さんや信者さんの接待に使用する予定で建てました。

石屋さんが檀家さん接待かたがた、墓石や仏壇の商談に利用しています。

お茶、御菓子が常にありますので、長居をする檀家さんや一般客など、常連客が何人も来ています。

地元の飯能市はもちろん、隣接する狭山市、入間市、日高市から来られる方が多いようです。

コーヒーは檀家さん無料です。

一杯100円も実際には、まったくの赤字のはずです。無料で何杯も呑む人がいるのですから。

温かいコーヒーは、ドトールです。

暑い頃は、冷たいネスカフェです。

 

阿弥陀堂といいながら、何とも変わった場所になっています。

 

御本尊の阿弥陀様は、室町時代の可能性があります。

お参りの折りは、ぜひお寄りください。

 

天照大神 八幡大菩薩 春日大明神 三社託宣図

三社託宣図(さんじゃたくせんず)とは、天照大神と八幡大菩薩、春日大明神を一幅に書いた掛軸です。

天照大神ではなく、雨宝童子(天照大神が大日如来の姿で化現した姿)もあります。雨宝童子ブログ

コトバンク link    

 

天照大神関連の雨宝童子を調べる過程で、手に入れました。

吉田神道の偽作ともいわれているそうです。

室町時代から江戸時代まで、広く流行しました。

 

指金を持った大工神の聖徳太子掛軸

大工の神様 聖徳太子

聖徳太子が大工の神様として信仰されていることは知っていましたが、どのようないわれかは知りませんでした。

いままで図も見たことがありませんでした。

この大工神は聖徳太子らしいのですが、柄香炉を持たずに「さしがね(曲尺)」を持っています。

 

 

指金を中国から移入し、大工を集め講義を開いて建築の基礎などを教えたのだそうです。

あくまでも伝承と思いますが。

 

 

室町時代から太子講が大工、木工職人により、聖徳太子の命日・2月22日に行われていたようです。

掛軸は信州安原山宝幢院と書かれています。

どこの寺かは分かりませんが、長野県松本市の安原山大安楽寺かもしれません。廃仏毀釈で取り壊された後、明治24年に紀州根来大伝法院の宝憧院を移し、再興したそうです。

大安楽寺のホームページに「聖徳太子殿は手職人方々の講員によって守られ、信仰信者を多く集めております。」とありますので、ここだと思います。

大安楽寺ホームページlink     

あるいは、もう廃寺となったのかもしれません。

 

※淡交社より発行される本に、上記の画像が使用されます。

2021年に聖徳太子没1400年を迎え、太子のゆかりの地を紹介する本のようです。

題名は『淡交ムック 聖徳太子ゆかりの地を歩く』(仮題)となります。

 

聖徳太子掛軸

下の図はよく見る聖徳太子の図です。

 

 

柄香炉を持っています。

 

某市福祉課からの永代供養納骨依頼

先日、某市福祉課から引き取り手のないお骨の永代供養を依頼されました。

今までに某市からは、五回ほどありました。

 

 

以前にも、いくつかの市から依頼がありましたが、お寺に来るわけでなく、葬儀社がお骨と冥加料を持ってくるだけでした。あくまでも葬儀社が窓口です。

しかし、この市の場合は葬儀社が持ってくるだけでなく、立ち会います。

葬儀社は、それが当然ですと言っていました。有難いことです。

担当の市役所職員も最初立ち会いました。

契約書も交わしています。

 

 

それ以来、その市以外は断ることにしました。

 

他の葬儀社の物扱いでは、私もいやになります。

中には、葬儀社が某寺境内に永代供養施設を作ったり、市議会議員が自分のところに持ってこいと言っている所もあるそうです。

 

今回の市は、以前にも依頼していたお寺があり、まだ当寺に納骨するのは少ないようです。

費用は実質、当寺の方が低料金のようですが、知っているお寺さんですから、そうして頂く方が有難いです。

 

福祉課と関係ないことですが、お骨を送ることで済ますお寺があります。

こちらもきれい事をホームページで書いていますが、どう考えてもお骨を物扱いしているとしか思えません。

勘ぐれば、お寺の収入になりさいすれば良いとの、思惑が見えるような気がします。

 

いつの間にかhttp⇒httpsに

いつの間にかホームページhttpがhttpsになっているのに気がつきました。

 

 

2017年から ドメインの安全性を保持するために実施されたようです。

当ホームページは、リニューアルしましたので、業者さんが手続きを行っていたようです。結構面倒な手続きですので、良いときにリニューアルして正解でした。

あるいは知らないうちに変更していただいたのかもしれません。

自分でホームページやブログを編集していましたが、今頃気がつくとは恥ずかしい次第です。

 

 

ただ、リンクがどのようになっているか確認しています。

今年以降にリニューアルで変更したリンクをし直しましたので、ブログなどでトップページに移行してしまうリンクもあるかもしれません。

 

 

出雲大社の神々の掛軸

 

掛軸の裏面に出雲大社と小さく書かれていました。

天照皇大神を中心に伊弉諾尊、伊弉冉尊、大国主神、素戔嗚尊、事代主命、少彦名命が描かれています。

天照皇大神は、頭部に五輪塔が無ければ、雨宝童子の姿をしています。

 

本来ならば大国主神が中心にあるのでしょう。

どのようないわれの図像であるのか、もう少し調べてみたいと思います。

 

雨宝童子画

雨宝童子ブログ

 

 

出雲大社と書かれています。

愛宕権現曼荼羅 勝軍地蔵

勝手に愛宕権現曼荼羅と名付けましたが、廃仏毀釈以前は、京都の愛宕山は勝軍地蔵(将軍地蔵)を愛宕権現とする白雲寺でした。現在は愛宕神社になっています。

修験の寺として、「伊勢へ七たび 熊野へ三たび 愛宕さんには月まいり」とまで言われていました。

 

中心に勝軍地蔵、右上に天狗、下に役行者を描いています。

声聞地蔵、毘沙門天、地蔵菩薩の三尊図像のお札があったそうですので、京都の愛宕山に関連する掛軸に間違いないと思います。

 

愛宕権現Wikipedia      

 

勝軍地蔵(将軍地蔵)

各ご尊像

地蔵菩薩

愛宕太郎坊天狗

毘沙門天

不動明王

役行者と前鬼後鬼

 

京都にいた頃、かなり手前で帰ってしまったことが、残念でありません。

片道2時間も歩くとなると、準備も必要です。

 

勝軍地蔵と十二支守り本尊

勝軍地蔵と十二支の御本尊が描かれているだけで珍しいのですが、八幡神が阿弥陀如来の代わりに、亥戌年の本尊として描かれています。

八幡神が亥戌年の本尊としてある掛軸は、以前にもネットで見たことはありますが、実際に描かれているのを見たのは初めてでした。

 

 相染明王

 

現在の秋田県仙北市角館町の相染明王(そうぜんみょうおう)とありますが、調べても明らかではありません。

相染神社は秋田県に何社かありました。

矢島藩(現在の秋田県由利本荘市矢島)の神明社に相染明王とありますが、愛染明王のようです。

象潟神社(妙見神社)は、廃仏毀釈以前は北辰星並びに相染明王を祀っていた。

蒼前神は東北から関東・中部地方の馬の神。別名 勝善 相染明王  Weblio辞書

日本の東北地方で信仰される馬の守護神。「蒼前様(そうぜんさま)」とも呼ばれる。また「そうぜん」は「勝善」、「相染」などの字もあてられる。「蒼前」とは「驄騚(そうぜん=葦毛で四肢が白い馬のこと)」という語を元にしている考えられる。岩手県の九戸郡地方では12月9日を蒼前神の祭日として牛馬を飼う家は必ず供え物を捧げた。岩手県二戸郡では馬頭観音と同一視され、1月16日になると馬の飾り参詣した。秋田県仙北郡では猿太夫(猿回しを生業とする者のことであり、昔は馬医を兼ねていた)と呼ばれる祈祷師が家々をめぐり厩祈祷を行った。また博労衆(牛馬の仲買人)は蒼前神に御神酒を供えてから馬の売買を行ったされる。馬頭観音の他にも、同じく馬の守護神である駒形神と同一視される場合があり、駒形神社を「蒼前様」と呼ぶ事がある。またおしら様と同様に養蚕の神として信仰されることもある 。 神魔精妖名辞

 

江戸愛宕山

 

現在の港区愛宕にある愛宕神社のお姿です。

御尊像は廃仏毀釈で真福寺に祀られましたが、関東大震災で焼けてしまいました。

別院真福寺ブログ

 

追記  勝軍地蔵掛軸

 

 

これらの掛軸は、ほとんど愛宕真福寺に奉納致しました。

 

今年の菩提樹の実は少ないです

今年の実は、台風のため落ちたのが多く、たくさん実を着けたのは少なそうです。

見ての通りです。

菩提樹の落ち葉が、毎日大量に落ちています。

昨年の菩提樹のみです。阿弥陀堂にあります。

 

数年前に七個付いた実を拾った方が、宝くじで50万円当たりました。

私も、それを聞いて10枚買いましたが、当たりは300円でした。

 

春の菩提樹の花 link

成就院 本庄市児玉町

当寺と同じ真言宗智山派に属しています。

 
参道入口には、石仏が並んでいました。
 

荒神様石仏
 
南側に八幡神社があります。
八幡山成就院ですから、かつては別当だったのでしょう。
 


二十二夜塔
 
山門を入って右側には、守本尊の石仏がありました。
 
 

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第六回「ペット合同供養」

本日は午前11時より、ペットの合同供養を行いました。

年々来られる方が増えています。

先ずはご挨拶とお話をしてから開始です。

 

 

一人一人、お線香を手向けていただきました。

 

この後、御本堂と阿弥陀堂をお参りしていただきました。

 

お花は用意致しましたが、各自持ってこられた生花で、花立てはいっぱいです。

皆さん、お疲れ様でした。

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