仏像

虚空蔵菩薩像 肉筆白描 岩崎信盈の模写

この白描を見たとき、聖観音座像かと思いました。

裏面の墨書に高山寺虚空蔵尊とあります。

高山寺虚空蔵をネットで調べても、同じ仏像はありませんでした。

しかし、稲沢市の亀翁寺にある重要文化財・虚空蔵菩薩像に似ていました。

 

「信盈?」とありますので、狩野派で弘前藩御用絵師・岩崎信盈による模写のようです。

 

 

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伝説の鳳凰の掛軸

鳳凰(ほうおう)は聖人が世に出たときに現れると伝えられていました。めでたい鳥です。

 

 

長野県小布施町の「北斎館」 東町屋台天上画の鳳凰図が、素晴らしかったのを思い出します。リンク

 

 

 

鳳と凰は芸能人の名前に沢山見かけます。大成したいとの思いがあるのでしょう。

 

今年の涅槃会では、仏像や鳳凰図などの掛軸を展示致しました。

 

 

 
 

福禄寿画 作者不明と大谷藤原伊剰作の掛軸

福禄寿とは南極老人星(カノープス)の化身と言われ、福(幸福)・禄(財産)・寿(長寿)を司る神様です。実は七福神の寿老人と同じ神様です。

福禄寿と寿老人は、見ただけでは分からないほど似ています。鶴を伴っているのが福禄寿です。

しかし、必ずしも鶴が描かれているわけではありません。

七福神全ての掛軸を集めようと、何年も掛けて揃えました。お気に入りの絵です。

 

福禄寿画

6年前に求めた福禄寿の掛軸です。

豊かな表情が福を授けてくれそうで、好きな作品です。

 

 

鶴だけでなく、亀も描かれています。鶴亀の縁起の良い掛軸です。

 

 

印がありますが、誰の作品かは不明です。

 

福禄寿画 大谷藤原伊剰作

 

7年前に求めた掛軸です。

 

 

 

享保17年(1732)に大谷藤原伊剰により描かれました。

 

 

94歳の時に書かれたとは思えない、優れた作品だと思います。

藤原伊剰、大谷伊剰で検索したのですが、一切分かりませんでした。土佐派の画家と思います。

 

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聖観音と空也上人の掛軸

二十代のころ、二度ばかり京都の六波羅蜜寺をお参りしました。六波羅蜜寺は当寺と同じ真言宗智山派に属しています。

その時の目的は空也上人立像と平清盛坐像です。教科書にも掲載されていましたので、ご存じの方も多いと思います。

 

聖観音菩薩と空也上人が描かれた小さな掛軸です。小さな画像ですが丁寧に描かれており、力のある画家が描いたことが分かります。時代、作者名共に不明です。空也上人 wikipediaリンク

寺院ではなく、一般の信者さんが持っていたのかも知れません。

 

 

文字が崩してありますので、大体の意味しか理解できません。観音様と空也上人像を写し、由来を述べた作品です。

共に二尺の大きさの像と書かれています。

「朱雀天皇(923~952)の后宮が天慶元年(938)に作らせた観音像に、子内親王が出産のおり、空也上人に安産祈願をしていただいた。空也像は安和年中(968~970)、??寺の成清が刻んだ像である。」と書かれているのかも知れません。

いかに勉強していなかったか分かってしまう内容で、大変申し訳ありません。まったく違っている可能性もあります。

 

 

空也上人

聖観音

 

六波羅蜜寺などの南無阿弥陀仏と唱えている空也上人像は、鎌倉時代と言われていますので、このような伝承があった寺院で作られた掛軸と思います。

 

二体の仏像が、どこで祀られていたのかは書かれていません。

六波羅蜜寺の空也上人像は、1メートル以上ですから小ぶりの像です。六波羅蜜寺wikipediaリンク

口から出て来る阿弥陀如来は三体だけです。南無阿弥陀仏まで唱えない内の南無阿ですが、略されているのでしょう。

 

空也上人は一宗旨にこだわらなかったそうです。念仏聖の先駆けとなり、一遍上人に大きな影響を与えました。

お墓は六波羅蜜寺近くの西光寺にあります。

 

追記

「空也」で検索すると和菓子店が出てきました。他にも有名な僧侶名や歴史上著名な人の名を利用した所もありました。

私には感心できません。

 

 

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慈母観音像掛軸

慈母観音画は、多くの日本画家が描いているようです。

この掛軸は佐々木泰然作の慈母観音像掛軸です。狩野芳崖作品に似ています。

 

 

佐々木泰然を調べると、かなりの作品がネットに出てきます。この作品と同じようですが、似た慈母観音もありました。

 

下の掛軸は有名な狩野芳崖の慈母観音です。

当然巧芸品なのですが、手に入れた掛軸の色が悪く、かなり色調を変えています。

 

 

狩野芳崖は別格です。

 

←永代供養塔の観音様               この高温の中 永代供養塔墓誌彫刻作業

 

永代供養塔の観音様

今朝も永代供養塔の前で勤行を行っていると、観音様のお顔が神々しく感じました。

諸堂を廻り、近在のおばちゃんと立ち話をした後の撮影でしたので、少し感じが変わっていました。

 

 

それでも良いお姿だと思います。

 

 

供養塔内部に観音様が祀られています。

よく見えなくて残念なのですが、正面と同じ天女像が後ろに彫られています。

 

 

まだまだ暑い日が続いています。さらに新型コロナウイルスのために、お参りが減っていますので、祀られている方々も寂しい思いをしているかも知れません。

境内は三密の心配はありませんので、気軽にお参りください。

 

←桜井の別れ 斉藤弓弦作               慈母観音像掛軸

 

寒山拾得拓本の掛軸

たしか高校生の頃、森鴎外の小説を読んだ記憶があります。

また、京都のどこかの寺?で、墨絵の掛け軸を見たことがありました。二人とも前を見ていたと思います。

かなり以前に求めた掛軸です。よく知られるこの拓本は、記憶にある絵とはマッタク異なっています。

 

 

唐代の寒山寺に伝わる二人には、いろいろな伝承が残されています。寒山拾得wikipediaリンク

普賢文殊の化身と言われているですが、後世多くの禅僧に注目されました。

 

 

多くの人が寒山拾得図を描いていますが、良い作品は高価すぎて私には無理そうです。

 

東京都青梅市の寒山寺は「澤乃井」「ままごとや」の一角のような施設(寺)ですが、階段上部右脇に寒山拾得の姿が彫られた碑が建てられています。リンク

おそらく、この図を写したものと思います。約5年前の写真です。

 

青梅市 寒山寺

 

 

澤乃井から吊り橋を渡り、対岸に寒山寺が在ります。

「澤乃井ままごとや」には、かつて家内と時折食事に行きました。好きな場所です。近くの澤乃井・櫛かんざし美術館は面白い施設です。

 

←日射病で救急車で緊急搬送               序の舞 上村松園作復刻版

 

小さな猫の七福神

猫大師を迎えましたが、犬や猫に関する神仏の像を検索していると、猫の七福神が見つかりました。

気軽に飾っておくには良いと思い、購入致しました。小さな七福神?です。

 

左から福禄寿、布袋、弁財天、恵比須、毘沙門天、大黒天、寿老人だと思います。

 

 

御本堂の七福神像前に祀っています。

 

追記 2020/11/07

石屋さんが上記の猫七福神を阿弥陀堂に飾りたいと言うので、他の猫七福神を求めました。

 

 

←八坂神社例大祭             日射病で救急車で緊急搬送

 

小さな金色の善光寺式阿弥陀三尊とお厨子

わずか数㎝の善光寺式阿弥陀三尊です。

小さなお厨子に収まるようになっています。

 

 

中にはお姿も入っていました。

 

熱心な信者さんが大事にしていたのでしょう。

御本堂にお祀り致しました。

 

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板仏 観音菩薩? 釈迦 音声菩薩 不動明王 妙見菩薩 吉祥天 聖観音 天神・菅原道真 仏像

観世音菩薩?

三枚の板に仏さまのお顔が彫られています。

おそらく観音さまと思うのですが、明らかではありません。

 

 

三枚に分かれているのが分かると思います。

一枚が縦約50㎝の大きさです。

 

 

さて、どのようにお祀りするか、思案中です。

 

釈迦

珍しいお釈迦様の板仏です。54体のお姿が彫られています。

おそらく黄檗宗寺院にあったのではと思います。

 

 

日本的な仏さまではなく、中国風です。

 

音声菩薩

東大寺の銅製八画灯籠にある銅跋子を持った音声菩薩像の模刻です。

 

 

不動明王

7年前にお迎えした板仏です。詳細は一切分かりません。

 

 

妙見菩薩版木

千葉県内の某寺院の妙見堂が、廃仏毀釈により神社となりました。その当時に流失した版木と思われます。

版木の下部に寺院名がありますが、ぼかしてあります。

 

 

童子形の妙見さまです。画像を反転させ、ネガにしました。

 

 

江戸期には、お姿が刷られ頒布されていたのでしょう。

現在の妙見神社は大事にされていないようです。山頂にあり、ここからは東京湾や三浦半島が遠望できます。

 

吉祥天

以前にも板絵としてご紹介した吉祥天です。

 

 

国宝の薬師寺吉祥天の写しです。薬師寺吉祥天Wikipedia link

板に描かれているのですが、印刷なのかも知れません。

剥がれた場所も、忠実に再現しています。

 

聖観音レリーフ

戦後に作られた京都科学標本の製品です。人体模型だけでなく、色々な仏像などが作られていました。

 

 

有名な仏像をモチーフにした作品が多いので、画像検索をしたのですが、似たような仏像は見当たりませんでした。その当時に作成された聖観音像か絵が元かもしれません。

 

天神様 菅原道真公

道真公と牛の彫刻です。

 

 

飯能市内の神社にあったと伝えられています。おそらく合祀されて流出したのでしょう。野﨑直延作。

 

※追記 2020/08/11

隣の日高市には、板仏の地名があり、大きな板碑(板仏)が祀られています。

板仏  埼玉県日高市原宿103    地図

地図の板仏の交差点を西に向かうと、すぐ近くに大きな板仏(板碑)が祀られています。

ブログlink

 

 

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