円泉寺便り

曹洞宗龍穏寺 太田道灌の墓 埼玉県越生町

室町時代から有力な寺院として知られ、江戸時代も関東の関三刹の一寺として曹洞宗寺院の宗政をになっっていました。十万石の格式があったそうです。

数年前に曹洞宗僧侶から聞いたところによると、今でも色々な催しにおいて宗内で座る席が上位であると話していました。

 

 

太田道灌の父・道真は、龍穏寺の境内に砦を築いていました。

道真の墓と道灌の分骨を納めた墓が、境内にあります。

 

 

お参りに訪れると御住職が近在の小学生に話をしていました。

 

 

御本堂のお参りは後にして、太田道真・道灌の墓に向かいました。

 

 

道灌の墓は龍穏寺だけでなく、他に三ヶ所あります。

 

 

「七重八重花は咲けども山吹の実のひとつだになきぞ悲しき」

若き日に雨が降り出し、道灌が蓑を借りようとすると、若い女性が黙って山吹の花を手渡したと言われる場所が各地にあります。意味が分からなかった道灌が、これ以後和歌など学問に励んだとされています。その逸話の場所は各地にありますが、越生町にも山吹の里が整備されています。

 

お墓参りを済ませて御本堂で参拝していると、御住職に声を掛けられました。

話をしていると教師をしているとき、学校は共に異なるようですが、私の父と何度もあったことがあると話していました。

これ程の寺でありながら、教師をしなくては寺を維持できなかったことに驚きました。

整備工事の募金をしていましたので、わずかでしたが御寄付をさせていただきました。

 

龍穏寺 埼玉県入間郡越生町大字龍ケ谷452

 

津久根八幡神社 埼玉県越生町

創建については明らかではありませんが、棟札に平安中期の正歴2年(991)とあるそうです。

元文5年(1741)に吉山家が正八幡宮を勧請したと記されているそうです。

廃仏毀釈以前は別当を高蔵寺が勤めていました。

 

 

神仏習合時代の古い神仏像や仏具が残されています。

本殿には見事な彫刻が施されていました。

 

津久根八幡神社 埼玉県入間郡越生町津久根23

 

大霊神社 板碑 埼玉県東秩父村

小川町のラジュモハンで昼食後、東秩父の和紙の里に向かいました。

途中、板碑が見えましたので、路駐で撮影のみです。

 

 

旧大河原村の戦没者の為に昭和27年に創建されました。

道路に面して、立派な板碑が見えます。調べてみると近くの日蓮宗・浄蓮寺関係が多いようです。

 

 

大霊神社 埼玉県秩父郡東秩父村御堂

追記 浄蓮寺ブログlink

 

倉尾神社 埼玉県小鹿野町

今日は秩父でも北部を中心に廻りました。

先ずは倉尾地区の総鎮守である倉尾神社です。

秩父と信州を結ぶ、大事な交通路でした。

 

 

創建は延徳2年(530)と伝えられています。群馬県上野村の野栗神社から勧請されました。※現在の乃久里神社と思います。

神仏分離までは、野栗三社権現と称していました。

かつては金の神像が祀られていましたが、昭和13年に盗難に遭ってしまいました。

 

 

毎年例大祭には長旗付煙火の奉納が行われます。

 

 

倉尾神社 埼玉県秩父郡小鹿野町藤倉3133

 

椋神社 埼玉県吉田町

椋(むく)神社は龍勢祭りで、よく知られています。

昨年、友人に誘われて祭りに行かないかと言われたことがあるのですが、都合が付かずにいました。

近くまで来ましたので、参拝することにいたしました。

 

 

元々は井椋神社でした。

秩父には椋神社が何カ所もあります。古い名称の井椋神社は、川本町にあります。

 

 

ここにも日本武尊の伝承があります。

 

明治17年(1884)に秩父困民党の決起集会が、ここで行われました。

 

 

椋神社 埼玉県秩父市下吉田7377

 

妙見神社 埼玉県大滝村栃本

大滝村には何カ所か妙見神社があります。

全部廻ろうとしていますが、地図に載っている場所は少なく、どうにかここを見つけることができました。

栃本関所跡の300メートルほど東の斜面にありました。

 

 

 

通行の邪魔にならない場所を見つけて、急いで写真撮影です。

詳細は分かりません。

大滝村には秩父市より多くの妙見神社があります。

 

追記 2020/07/21

現在は秩父市大滝村になっています。地図

 

天台宗 妙見寺 東京都稲城市

北辰妙見尊は天平宝字4年(760)の開基、天永3年(1112)に領主は妙見寺を別当としました。

 

 

御本堂の御本尊は阿弥陀如来です。

 

 

妙見宮は鳥居から、長い階段を登った場所にありました。

 

 

ここは蛇より祭で知られており、階段の脇には萱で作られた、長い蛇体がおかれていました。

 

 

もっと太い胴体だったのでしょう。蛇体の周りには、細かくなった萱が広がっています。

あえて掃き捨てないのかも知れません。

 

 

二十三夜塔の前に蛇体の頭部が置かれています。

 

 

蛇より祭は寛文2年(1662)以来、8月7日に行われているようです。

 

 

妙見寺 東京都稲城市百村1588

 

追記

鶴ヶ島町脚折の雨乞い祭を思い出します。鶴ヶ島市 雨乞い祭リンク

 

竃三柱神社 秩父郡大滝村

新編武蔵野風土記に妙見社が記載されていました。幾つかの妙見社を探していましたが、立ち寄った竃三柱神社が妙見社を合祀したであった場所でした。

大滝村の総鎮守だった竃三柱神社を不便なためこの地に移しました。妙見社であった和田神社が竃三柱神社となった訳です。

 

 

散々探して、やっと見つけた妙見社でした。

 

追記 平成17年(2005)に秩父市に編入しました。

竃三柱神社 埼玉県秩父市大滝696 地図リンク

 

栃本関所跡 埼玉県大滝村

ある場所に向かう途中に栃本関所跡を見つけました。

中山道と甲州街道の間道として重要な関所でした。ここから信州と甲州に向かう分岐点になります。

 

 

かつてこの秩父往還は、多くの人で賑わったのかも知れません。

 

栃本関所跡 埼玉県秩父郡大滝村

 

高野山真言宗 円満寺 群馬県桐生市

山手通りに面しているのですが、入口がよく分かりませんでした。道路からはかなりの斜面です。

狭い旧道が寺との間にあり、どうにか路上に駐めましたが、道順を変えれば入りやすかったようです。

路駐ですから迷惑になりますので、急いで写真を撮り車に戻りました。

 

御本尊は虚空蔵菩薩です。毎年4月13日が大祭です。

 

 

次に北辰伝に参拝です。妙見菩薩が祀られています。

 

 

もっと周りの寺院や神社も、お参り出来れば良かったのですが、要領が悪すぎました。

 

円満寺 群馬県桐生市西久方町2丁目3−19

 

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