円泉寺便り

八幡宮・北斗星石祠(原家持) 群馬県沼田市

たまたま前を通ると、小さい神社でありながら、よく手入れされている所を見つけました。

 

 

草花がきれいです。

 

脇に行くと石祠などが祀られています。

石室部分正面に北斗星が彫られていました。剣が付いた部分は破軍星です。
愛知県春日井市内津の妙見寺の紋によく似ています。

 

元々は原アイ子さんの実家である大竹家のものであったが、嫁ぐときに土地と八幡宮を受けつぎました。大竹家はかなりの旧家のようです。

上川田保育園の道を挟んだ南側にあります。

 

追記 2020/01/10  上川田保育園は廃園になったようです。

真庭念流道場 群馬県吉井町

真庭(まにわ)念流は剣道着のみで、面などの防具はなかったと聞いたことがありましたが、事実かは知りません。

道場では外国人が一人で稽古をしていました。

覗くと向こうから流ちょうな日本語で挨拶されました。礼儀を大事にするのも、念流の大事なしきたりなのでしょう。

 

 

私以外にも数名の方が訪れていました。

 

樋口の表札がありました。念流八世の樋口又七郎の家系が伝統を伝えているようです。

 

真庭念流道場 地図           ホームページlink

 

飯玉神社 群馬県吉井町

飯玉神社では保食神・宇気母智大神(うけもちのかみ)です。合祀した大星神社を天御中主神としました。

大星神社は隣の別であった随雲寺の妙見菩薩を祀る御堂だったのかも知れません。

昭和43年に飯玉神社に大星神社を合祀しました。


裏に御久塚古墳があり、石室の中に何か祀られていました。

 

他の神々の社

 

東脇には、沢山の石仏が祀られていました。

 

 

 

この後、近くの念流道場に向かいました。

 

※平成21年に高崎市と合併しました。

飯玉神社  高崎市吉井町馬庭226  地図

 

貫前神社 群馬県富岡市

貫前神社(ぬきさきじんじゃ)は、最初読み方が分かりませんでした。以前は「かんぬきじんじゃ」と読んでいました。

上野国一之宮ですので、一度詣でようと前々より考えていましたが、ようやく念願が叶いました。

まず驚いたのが、広い道路より下がった場所にあることでした。

先ずは駐車場に向かい、階段を登ります。

鳥居をくぐり、一番の頂上に出ました。

 

ここにも車が駐められます。

 

門をくぐり、下に降りて行きます。

 

立派な楼門が迎えてくれます。

しかし、一緒に行った友人は、降りてお参りに行くことに違和感を覚えたようです。私も同じでした。

 

社殿は徳川家光の命により、造営でした。さすがに徳川の力はすごいと思いました。

 

藤太杉は上の方が枯れています。酸性雨などの影響があるのだと思います。

 

 

貫前神社    地図

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追記 20219/09/10  何故高いところから降りた場所に社殿があるのかと思っていましたが、かつては北向であり、大杉のある所が参道だったそうです。

南側に街道ができ、参拝の便を良くするために向きが変わったのが、低い位置にある要因でした。

 

宇藝神社 群馬県富岡市

延喜式神名帳にある神社で、天武時代の創立と考えられているようです。

倉稲魂神( ウカノミタマノカミ)が祭神です。  すなわち宇賀神です。

火災のため天明年間に現在地に移されています。

 

階段を上がると、右手に神楽殿があります。

 

両部鳥居には、「宇芸神社」と「赤城大明神」の額が掲げてありました。

神楽殿

 

本殿には更に階段を上がります。

 

見事な彫刻が施されていました。

 

末社が祀られていましたが、祭神は分かりませんでした。

 

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大森神社 群馬県昭和町

昭和インターチェンジを降りると、広い畑が広がっていした。所々、大きな工場が進出しています。

高速道路の恩恵を受けているのが分かります。

天台宗遍照寺と並んでいますので、元々は寺の神仏を祀る神社、あるいは御堂だったことが分かります。

 

廃仏毀釈により大森神社となったようです。

聖徳太子

 

ある本に祭神として天御中主神が祀られていたとあります。おそらく妙見菩薩か霊符神の石碑として、あったのではと思い探しましたが、分かりませんでした。

馬頭観音

 

 

お隣の遍照寺です。

元三大師、不動明王のてらとして知られているようです。

 

  地図

後閑飯玉神社 前橋市

飯玉神社は県営広瀬団地に囲まれていました。

駐車場もありましたが、お参りの人数の割には駐めてある車が多くあります。どうも団地の駐車場だったかも知れません。

鳥居の脇を抜けた場所が、神社の駐車場なのでしょう。紛らわしいですね。

 

 

ここの地域には大古墳群があり、神社社殿は古墳の上にあるようです。

元々は後閑町だったのが広瀬町になったのは、閑の意味を嫌ったからでしょうか。

 

鳥居の脇の双体道祖神が祀られていました。群馬県ではよく見る石仏です。

 

今日の目的である霊符神をお祀りする社を詣でました。

 

一番の北側には霊符神の石塔がありました。

 

沢山の石祠も祀られています。

 

地図

月田近戸神社と光善寺石造佛群 石仏・石祠・石塔 前橋市粕川町

月田近戸神社は妙見宮石碑が祀られています。

しかし、驚いたのは沢山の石仏や石祠が祀られていました。

かなり古くから獅子舞が行われたようです。

少子化や過疎化など、継承するには厳しい面があると思います。

 

数多くの石祠が祀られていました。

 

ハッキリと妙見宮と彫られていましたので、難なく見つけることができました。

疱瘡神

 

神社裏に旧重要美術品の石像六地蔵殿がありました。

 

時折見かける江戸時代後期の六面石像地蔵菩薩像とは時代が異なり、貴重なものです。

 

この赤城塔は鎌倉時代に多く作られ、 赤城南麓に多くあるようです。

赤城塔画像リンク

 

さらに道を挟んで北側には、沢山の石仏がありました。光善寺石造仏群と言われ、廃寺となった寺の関連のようです。

 

虚空蔵菩薩の石仏は初めて見ました。嬉しくなりますね。

 

庚申塔には聞かず言わざるの二猿が祀られていました。穴が貫いていましたが、何か意味があるのでしょうか。

 

追記  あとで気がついたのですが、月田近戸神社には外宮がります。狛犬は群馬県で一番古いようです。

 

月田近戸神社 前橋市粕川町月田1261 地図

群馬県渋川市赤城町津久田 赤城神社

151号線に案内があり本殿に至る至る途中にも鳥居・参道があります。一般道として使用されているようでした。

霊符尊石祠

 

鳥居をくぐり、本殿に向かいました。

 

本殿にはすばらしい彫刻や彩色が施されています。

 

赤城護国神社社殿は近くの敷島小学校にありましたが、移築されて祀られるようになりました。私が生まれ育った所にも小学校に忠魂碑がありましたが、規模が縮小され隣接地に移っています。

何かと言えば憲法違反という団体や宗教団体の圧力で、各地の戦没者の儀式も公共の場所から寺や神社で行われるようになりました。

 

この歌舞伎舞台では歌舞伎が奉納されています。

 

ここは水琴窟があります。

 

この神社にも多くの石碑が集められています。

 

赤城神社 群馬県渋川市赤城町津久田363 地図

 

八雲神社 前橋市粕川町

八雲神社は祭神として須佐之男命をお祀りしています。

境内には妙見宮の石碑がありますので、お参りに参りました。

 

 

土俵がありますので、奉納相撲がおこなわれるようです。

 

沢山の石祠が祀られていました。

 

運良く妙見宮と刻まれている石祠を見つけました。天児屋根命をお祀りしていますが、廃仏毀釈以前は妙見菩薩だったのでしょう。

画像は読めるように調整してあります。

 

天保三(1831)年十一月吉日建之とあります。

 

八雲神社 群馬県前橋市粕川町室沢209 地図

 

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