行事・法要

盆送り ペットも盆送り!

本日はお施餓鬼が10時よりあり、お施餓鬼終了後にお塔婆をお渡しします。

本来お塔婆は自宅の盆棚に祀り、その後お墓に詣でるときに置いてくるのですが、遠方はそのままお墓に向かい置いてきます。

 

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それにしても附施餓鬼塔婆が、あまり減りません。かなり残っています。明日にもかなり残っているでしょう。

お塔婆をお渡しする役は役員さんが1時頃まで行い、引き続き私が行います。

入院後の体力の低下のためか、いつも以上に疲れていましたが、檀家さんと気軽に話しが出来る時間ですので、結構楽しみでもあります。

それにしても数日前に比べるとずっと涼しくなり、助かりました。

 

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今日はペット供養塔にも大勢の方が、お参りしているようです。

今朝見たときよりも、お花がかなり増えています。

 

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檀家さん以外も納骨していますので、かなりの人がお参りしているようです。

 

盆迎え

今日13日は盆迎えの日です。

今朝は7時前から迎えに来る人もいました。

ほとんどは午後でしたが、昔のように3時過ぎに来られる方々は少なくなったような気がします。

 

2015813182635.jpg私は3時半過ぎに境内の諸々の仏様にお線香を手向け、歴代御住職のお墓に詣でて、盆迎えをしますが、年々同じ時間帯の方が減っているような気がします。

全体に早い時間に済ませる人が多くなりました。

でも暑いですね。数日前よりはましですか。

 

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檀家さんや永代供養の方々は、ほとんどの方が参道の仏様、境内の仏様に線香やお花を手向けています。

新盆は白い提灯で、その他の方々は家紋や模様の付いた提灯でお参りしています。

 

以前親の新盆に、新潟に泳ぎに行っていた家族がいました。

親族が家に行っても閉まっており、お仏壇に手を会わすことが出来ずに帰らざるを得ませんでした。

兄弟が天罰が下ると話していましたが、実際悪いことが続いていました。

 

決して因縁とは思いませが、まずは親戚と仲違いして、霊園へお墓の引っ越し。

霊園の石屋さんが当寺とお付き合いのありましたので、色々情報をもらいました。なんと当日に納骨が出来なかったそうです。

お寺の墓から移動した骨壺の数と、当日の数が合わなかったそうです。何があったのでしょうね。

 

その数年後、夫婦は離婚。更に息子さんが先に旅立ちました。

 

因縁ではありません。自らいい加減な生活をあらためず、全てを周りのせいにするいい加減さが、このような結果に結びついたのだと思います。

 

人と同じ事をなぜしなくてはいけないのかという論理なのでしょう。特に奥さんはそうでした。

今どうしているのでしょうね。

 

浄土真宗では、盆迎えはないそうです。ほんとかな?

でも川越市のお寺の檀家さんは、ほとんど盆迎え、盆送りをしているようです。お塔婆もありません。

「盆迎えをしても先祖は帰ってこないのにねー!」とお寺の奥さんに言われるそうです。

 

この論理で行けば、お盆中に海水浴も悪いことではないことになりますね。

 

施餓鬼会のお塔婆書き

いつまでも暑い日が続きます。

今日中にお盆の施餓鬼塔婆を書き終えてしまおうと思っていましたが無理でした。

 

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疲れがたまって、さらに蚊の相手をし始めたとたん、やる気が失せました。

以前は全て手書きでしたが、三年前より印刷にしました。年齢と共に、あらゆる事がきつくなってしまいます。

こんなに楽とは思いませんでした。

以前は、お掃除や準備に手間取り、お施餓鬼の前日まで塔婆書きに追われたこともあります。

 

お施餓鬼のお塔婆は、お寺を運営する大事な浄財です。あちこちの修復改装で、たちまち無くなってしまいます。

また、年に数度お寺に詣で、いつまでもお寺、ご先祖様、檀家を結んでいただく大事な機縁となります。

 

今は五尺塔婆ですが、以前は六尺でした。

六尺の頃は地元の檀家さんがほとんどでしたが、だんだん隣接する地区が多くなり、今では地元の何倍もの檀家さんがいます。

車で来られる方が多くなり、小さな車ではやっとの長さでした。

自転車の荷台に斜めにくくり付けると、後ろから来る車に接触する可能性もありました。

 

役員会にはかり、今までの長さで、1000円値上げするか、五尺で今まで通りにするかのと提案したところ、当然五尺になり、ほっとしました。

以前は五尺にすることを提案しただけで、反対されていました。

 

お塔婆は塔婆屋さんから50本づつ束になり、運ばれてきます。

以前は六尺でも二束運べましたが、今では五尺でも一束が限度です。ずいぶん衰えたと思います。

 

かなり仏教的でない通夜葬儀のお話し

かなり仏教的でないお話しを中心に致します。
これは他の僧侶の方々から怒られるかもしれない内容です。

 

ではなぜ通夜を行うのでしょう
なぜ宗教、宗旨が異なっても通夜葬儀に参列するのでしょう。

当寺本堂での家族葬の例
 
但し、地域により、時代により、大きく異なっています。


通夜とは「夜を通して」と書きます。
夜を通して何をするのでしょう。

以前は親族の方々が、御遺体のそばで一夜を明かしました。
なぜでしょうか。

実は通夜とはもがり)です。

1、まだ生きている。たまたま魂が身体から抜け出てしまった。
2、魂を身体に引き戻す。
3、死を確認する期間

のことです。

 
 



昔は通夜には親族や組合だけが参列しました。
また、亡くなっていないのだから、喪服を着ていくことはタブーだったのです。

昼は生きとし生きる者の世界、夜は魑魅魍魎の世界と思われてきました。
夜となり、たまたま魂が離れた身体に悪霊が入り込まないよう、昼間と同じくロウソクを灯し、悪霊除けのお線香を手向けたのです。


私も小学生の頃、買い物に出かけ帰る途中、懐中電灯の電池が切れてしまい、本当に怖い想いで家に帰ったことを覚えています。

いつも通る50メートルの道が、まったく違う世界に思えたものです。
今では想像つかない人もいるでしょう。


自宅安置  霊安室でお預かり も 殯です。


死んだと思われた方が息を吹き返したあと、中にはまったく別人になってしまうことがあったようです。実際何人もの人から聞いています。

心臓はほとんど働かず、呼吸も満足に出来なかったことから、脳に供給される酸素がわずかとなり、脳に支障が出てしまったのかもしれません。
それを悪霊に身体を乗っ取られたと感じたのでしょう。


以前東北出身の方が、祖父が亡くなって七日目でないと葬儀が出来ませんでしたと言っていました。
その間毎日お坊さんに拝みに来てもらったものですと話していました。

私は行けませんでしたが、30年ほど前に当寺の檀家さんが秋田の実家で亡くなった時は、当地で七日目の葬儀でした。

 
 


今は半通夜が多くなりましたが、通夜の翌日に死を確認して葬儀を行います。
本当に亡くなったのですから、喪服で葬儀に参列します。

今では通夜の方が、大勢来られるだけでなく、親族でさえ「通夜にだけ行けばいいんでしょう」と、とんでもない事を言うようになりました。

通夜に大勢行くのばかり見ていると、とんでもない勘違いに気がつかない人が出てくるようです。

実際お孫さんが、学校を休ますのはかわいそうだから、通夜だけでいいと言った親御さんが大勢います。

お葬式が一番大事なのです。供養することと社会の仕組みを知る大事な場所でもあります。

以前ある社長さんが、別のずっと大きな会社の社長さんの通夜のみ行き、葬儀に行きませんでした。

「通夜だけ行けばいいんでしょう」と言い、その会社から干されてしまった事がありました。

今は会社葬をせず、一般の葬儀を立派に行うことも多くなったようです。

受付が全員会社の社員だったことが、何度かありました。生花もほとんど取り仕切っていました。当然弔辞もありです。

会社としても、どれだけ来てもらえるか、責任があるわけです。
○○家葬儀は会社葬でもあるのです。会社通夜とは言いません。

僧侶も通夜の時より、葬儀の方が豪華な衣で儀式を行います。

死後もすぐに旅立つのでなく、7~10日過ぎてから旅立つと言われています。
初七日、十日祭がそれに当たります。


初七日本尊 不動明王


更に30日~50日かけ黃泉(よみ)の旅となり、彼の地につくと言われています。この間が忌中、喪中と言います。
親族が後押しをして、さらに良いところに行き着いて頂きたいとする法要が、三十五日忌、四十九日忌、50日祭、100日祭なのです。


 



ですが、亡くなると阿弥陀様がお迎えに来るのだから、通夜葬儀は入らないと言う人もいます。


葬儀が必要とは思わない人もいます。
喪主となるべき人で、今まで一度も葬儀に列席したことがないと言ってた方が、ずいぶんいました。

しかし、儀式を行うことにより、残された人の心のやすらぎを得ることが出来る大事な儀式なのです。
自分は必要ないと思っても、故人の連れ添い、家族親族、友人、仕事の関係者は、共に手を合わせたいと思う方か多いと思います。
その方のためにも、そのような場を用意すべきだと思います。
 
しかし、経済的に無理と言う人も多くいます。

私は、負担の少ない葬儀もいろいろ模索しています。

 

何万年もつづく東アジアの考えの上に、私たちは仏教の教えと儀式を通じて死者に臨(のぞ)んでいます。
ですから宗教、宗旨の異なる人々が、等しく死を悼むことが出来るのだと思っています。
通夜葬儀に自分たちの宗旨、信仰のみを相手に押しつければ、多くの他の方々はどのように思うでしょう。
葬儀の場はどなたにも開かれた場であるべきです。


豪華な通夜葬儀はいりませんが、行うことが大事なのです。
小さいときから通夜葬儀に参加し、人の死と尊厳を知ることが、社会に出て相手を思う優しさに繋がっていきます。

 
十五年ほど前ですが、若死にした父親の死後十年以上面倒を見てくれた叔父さんが亡くなりました。
叔父の通夜葬儀に列席したいと上司に申し込むと
 
「通夜だけ行けばいい、言うとを聞かなければ左遷だ」
と言われたそうです。それでも葬儀に来ていました。
 
四十九日忌に
「どうでした」と聞くと
「上司が左遷されました」
と話していました。
 
七七日忌本尊 薬師如来
 
 
会社は年齢が下の学歴の高い上司よりも、高卒のその人を選んだようです。
部下を統括するだけの人望がないと判断されたのでしょう。
いまは会社の上部も人道的に対応するのが難しくなっているかもしれません。


「何宗では成仏できない、成仏できるのは○○宗だけだ」
とか、
「何宗は地獄に落ちる、歴史が証明している」
などと私に言った新興宗教の信者さんも数人いました。
 
そのように言った一人が親戚中からだけでなく、家族にも嫌われ離婚をしていたそうです。
あの世の地獄より、この世の地獄にいる自分を見つめることの方が大切でしょう。
 
閻魔様
 

鎌倉以前の方々は、成仏していないのでしょうか?
それ以降もほとんど成仏していないと、思っているのでしょうか?

「自分たちの宗教のみが優れている」
「信仰のため、教団のためなら、何をやっても許される」
かつてのオーム真理教がは、もっとも極端でした。他にも似たような考えの教団が多々あります。

お釈迦様は修行者からの
「あなたの教えを実践すれば、天国に行けるのか?」
と言う質問に答えませんでした。
修行者なら自分で考えなさいと云うことでしょう。

お釈迦さま


あるおばあさんの
「おゃかさま、私は天国に行けますでしょうか」
と言う問いには、
「間違いなくあなたは天国に行けますよ」
と話されました。

お釈迦様は何教だから天国に行ける行けないではなく、善き人(よきひと)であれ、暖かい心を持ちなさい、と説いているのだと思います。
今のこの世を大事にすることだと、お教えになっています。

お釈迦様は死に臨んで「
波羅提木叉(はらだいもくしゃ)を尊重すべし」と説かれました。即ち戒律です。
信仰が一番大事でなく、善き人であれと説かれているのだと思います。

では亡くなられた方の関係者は、どのように思っていただくのがよいのでしょう。

阿弥陀三尊


私は、
「間違いなく、○○さんは成仏します。成仏しましたと思って下さい。もし皆さんの心の中に成仏するのか、あるいは地獄に行ってしまったのではと思う闇が、地獄を作ります。」
とお話ししています。

弘法大師は、
「仏法遙かに非ず、心中にして即ち近し」
と説かれました。

心の中の浄土・天国を思い、心の暗闇の地獄を作らないことが大事です。

私が学生の頃、ご本山の管長様は仏の世界を
「仏の世界は、どこにあるのか。あそこにある。そこにある。ここにもある」
と指さして私たちに話されたことがあります。


胎蔵界 大日如来
 


どこが浄土であり、極楽であるかでなく、そう思うことにとらわれないように真言宗の教えを通じて説明して下さったのだと思います。

ある宗派の御住職は、
「地獄はこの世の中です」
と話されていました。

信仰だけで何事も上手くいくわけではありません。この世の地獄を迎えないよう、多くの方に善き人として、接していただきたいと念じています。

 
 
 

水子さんの供養と納骨法要をしました。

一昨年永代供養で納骨されたA家で、今度はお孫さんが流産してしまい、奥様の退院に会わせ永代供養塔に納骨致しました。

 

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 特に奥様は疲れ切った表情で、いかにも辛そうです。誰一人笑顔を見せず、淡々と儀式を進めざるを得ませんでした。

本堂では遺骨の後ろに左側の赤いお地蔵様を配して、お地蔵様に抱かれるように致しました。

 

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鬼子母神(訶梨帝母)様ともう一体のお地蔵様もお参りできるように配し、少しだけ両仏様についてお話しをさせていただきました。

 

その後は永代供養塔に納骨し、供養塔の前であらためて御供養致しました。

 

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水子供養ははっきり言って苦手です。どうしても辛くなってしまうからです。

奥様のお顔をまともに見ることが出来ませんでした。親族の方々は私以上に辛かったと思います。

 

A家は入間市とはいえ、お寺から約2キロメートルです。いままでも時々お墓参りにみえているようです。

お元気でお参りできるようになって下さいね。

 

〒357-0014   埼玉県 飯能市平松376番地   円泉寺   電話042-973-5716    

 

 

永代納骨の合同供養を行いました。

本日は年に一度の永代供養塔に祀られた方々と東日本大震災物故者を供養する大法要の日です。

毎年豪華な花祭壇にて行っています。

お塔婆代、義援金など当日に参列者よりいただいた浄財は、全額震災の義援金になります。震災に遭われた数多くの方にわずかですが役だって欲しいと思い、ボランティアの方にお渡ししています。

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 今日の参列者は120名でした。年々増えています。

本堂での法要の最後に歌、踊り、アイリッシュハープの演奏の奉納があり、さらに参列者の心が癒されたのではないでしょうか。

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2015510183232.jpg祀られている方々の中には一度も親族友人がお参りに来ない方のお骨もあります。それらの方々も含め永代供養塔に祀られている方々は、心温まる参列者の御供養に、更に良いところに行き着いたのではないかと思います。

法要に使用された生花は、毎年参列者に配られ、各家のお仏壇に手向けていただいています。

 

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引墓(改葬)・墓じまい-お墓の引っ越し

本日はお墓の引っ越し(引き墓・改葬)の御供養を行いました。

A家は30年以上前に当山の檀家さんになっていますが、ご親戚よりお墓と山林を見て欲しいとの依頼があり、お墓はA家のお墓に合祀すことになりました。

お兄さんの菩提寺さんの了解のもと、Aさん、石屋さん私の三人での法要です。

車を止めた道路からは、かなり歩きます。斜面でもあり墓石を片付けるにはかなり経費が掛かりそうです。

隣接する県とはいえ、ここまで来て維持管理するのは大変そうな場所ですね。

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本当はちゃんとした衣装で拝みたかったのですが、途中清水が湧き出ていたり、歩くのも大変なところですので、楽な格好でお願いしますとのことでした。ご先祖様には申し訳ないのですが、作務衣で拝ませていただきました。

最後の土葬から30年以上以上経ているので、ご先祖様の土だけをを持ち帰りました。

後日石屋さんが墓石を片付けることになっています。

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途中にはいろいろな草木が芽を出していました。

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 白い実の万両も一本だけ出ていました。

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このあとお寺に戻り、A家のお墓に土を納めました。

明日にもA家の過去帳にご先祖様を書き込み御供養することにいたします。

 

近頃は引き墓とか墓じまいの話が良く出ます。

しかし問題がたくさんあり、なかなか実行までに至らず、放棄してしまった例もあるようです。

 

お寺も戦後無くなってしまい、つきあうお寺がない方に、以前引き墓をたのまれたことがあります。しかし、寂れた地区でしたので、お墓の位置が分からず、近くの土だけを持ってきたこともありました。

斜面でしたので、土砂に埋もれてしまったのかしれません。

また、菩提寺の御住職に数百万円を請求されたと聞いたことがありました。この方は住所が変わったときに菩提寺に知らせず、そのままにしているそうです。「お金が無いので無理です」とご親戚にこぼしていたそうです。お寺も潰れるところがいっぱいありそうです。

遠方になればなるほど手つかずのままになってしまうようです。悲しいですね。

 

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お焚き上げ

昨日の日曜日に年に一度のお焚き上げを行いました。

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今年は訳あって御札などが、例年の半分以下しかありませんでした。

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今回は友人のFさんが来られ、手伝っていただきました。私に比べはるかに力のある山伏なので、気持ちよく儀式を勤めることが出来ました。

例年は風がない日でも、お焚上げが始まると必ず強風になりました。そのためお唱えしながら煙から逃げまどうようでしたが、Fさんのお陰か一歩も動かないですみました。

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毎年写真の炎を見るとお不動様、観音様、鳳凰などに似たお姿が現れるので、写真を見るのも楽しみの一つです。だから何か良いことがおきる訳でもありません。たまたまそのように見えるだけかもしれません。

 

本堂でお骨での一日葬・寺院葬と永代供養

数年前、お母さんを永代供養塔に納骨されたAさんの奥さんから
 
「主人が□□県で事故に遭い亡くなりました」
と電話がありました。
 
□□県は遠方で、A家も経済的余裕がないため、現地で火葬だけしていただき、お寺で一日葬とすることにいたしました。
 
お通夜は自宅に帰り、親族家族のみで行っていただきました。
 
 
 
生花は直接私から花屋さんに注文し、当日は葬儀屋さんなしのお葬式です。
 
 
 
葬儀終了後は永代供養塔に納骨し、自宅近くのファミレスでお食事をすることにしたそうです。
少ない経費で立派な葬儀となり、ご家族ご親戚に感謝していただきました。
 
このような例以外にも、当寺では葬儀屋さんに依頼し、ご本堂で負担の少ない葬儀を年に数回行っています。
 
 

終活(生前契約)と自前のお葬式

昨日は亡くなったAさんのお葬式をご本堂で執り行いました。

 

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60歳代独身のAさんは昨年友人と当寺に来られ、葬儀、戒名、永代供養塔への納骨、葬儀社まで依頼しています。全ての経費は自前でした。親族、友人には一切負担なしで旅立ったのです。

御遺体は、寺の霊安室でお預かりし、通夜当日ご本堂にお移し致しました。

 

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故人のご兄弟には、岩手の実家のお墓にとの思いもあったようですが、中学を卒業して、ほとんど知り合いのいない田舎より、他の兄弟、ご近所、商売仲間、友人が近くにいる永代供養塔を選び、最後の準備(終活)をしての通夜、葬儀、納骨でした。

ご兄弟、友人達も生前からお墓の確認に来られており、当日も立派な葬儀となり、悲しいけれども、うれしい葬儀だったと感想を述べられています。

 

 
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