2019年03月

春の花々

以前撮影した画像がありましたので、春らしい写真を掲載致します。

撮影したのは、かなり以前でした。

全ての場所が曖昧です。

足腰が弱ってきましたので、山歩きは出来ません。

これからは平地専門にします。

 

西光寺廃寺跡と板石塔婆 飯能市原市場

原市場に曹洞宗西光寺という寺がありましたが、明治に廃寺となり檀家は神葬祭になりました。

一件だけが、また仏式に戻っています。

墓石垣の途切れた右側に阿弥陀如来を御本尊とした御本堂がありました。

青石塔婆は石垣右側上段にある歴代住職の墓があり、その左隣にあったそうです。

 

阿弥陀三尊の梵字が彫られた市指定文化財・青石塔婆が並んでいます。

この位置に阿弥陀如来を祀る小さな堂がありましたが、御本尊がなくなっており、取り壊して青石塔婆を移したのだそうです。

六地蔵は墓に登る向かって左側から現在地に移されました。

弘長元年(1261)      正元二年(1260)

正和四年(1315)       正和元年(1312)

この大石の通りが、本堂につながる南北の参道でした。

石は橋として置かれています。

 

元境内の右側に五社神社、自治会館(社務所)があります。

五社神社は秋葉、愛宕、稲荷、日吉、三島の五つの神社が集められています。

 

大聖寺 重文石造法華経供養塔 埼玉県小川町

お寺に時々遊びに来る女性の実家菩提寺が、天台宗大聖寺です。

調べてみるとなかなか歴史のある寺で、重文もあるとのことでしたので、お参りに行きました。

途中までは平坦でしたが、近づくと山道になります。

 

駐車場に駐め山門を抜けると御本堂になります。

御本堂

開山は希融、開基は平貞義と伝えられ、暦応3年(1340)の創建です。

石造法華経供養塔(六面幢)と板碑が重要文化財になっており、この法華院(収蔵庫)に保管されています。

この六面幢は全国で最古だそうです。

見学も可能なようですが、前もっての予約が良いようです。

平貞義とありますが、源を改刻した可能性が高いようです。

ここを見たかったのですが、帰りが暗くなると歳と共に運転がつらくなりますので、後日電話してから行こうと思っています。

 

石段を登ると観音堂です。

 

御本尊は子育て観音と言われる如意輪観音様です。以前は沢山の講があり、賑わったようです。

 

観音堂から下を見れば、小川町が下に見えます。

大聖寺 

道の駅 埼玉伝統工芸館 埼玉県小川町

ここには何度か訪れて、紙を求めています。

ここのうどんも美味しいのですが、遅いおやつになってしまいますので、今回はパスしました。

道の駅おがわまち  伝統工芸館  link   埼玉県比企郡小川町大字小川1220  地図

 

切り絵の作品展が工芸館で開かれていました。

残念ながら内部は撮影できません。

モノクロだけや色彩を加えた作品が50数点展示されています。

意外と遠近感を感じます。

中には写真をそのまま作品にしたと思われる物もありました。やはり作品にするには自然に見えるよう下書きをする必要があると思います。

しかし、素晴らしい作品ばかりでした。

 

石州半紙(島根県浜田市)、本美濃紙(寄付兼美濃市)、細川紙(埼玉県小川町、東秩父村)がユネスコ無形文化財に登録されたのを知りました。

 

手作りのつるし雛です。

 

工芸館では、和紙を使用した物の販売と、体験学習が出来ます。

工芸館では、色紙を道の駅ではパウンドケーキを買いました。

 

円光寺 埼玉県小川町

小川町の中では、一番檀家数が多いのでと思います。

近年に全てを一新しているのでしょう。

 

山号が医王山、瑠璃殿もありますので、御本尊はお薬師さまでしょう。

広い境内のほとんどが墓地のような景観となっています。

 

あちこちに「いぼとり地蔵尊」がありますが、医学の発達してない時代は、神参り、寺参りだったようです。

円光寺

 

高雲寺 平良文館跡 熊谷市村岡

今から15年ほど前、熊谷市教育委員会に伺い、千葉氏や相馬氏の先祖・平良文館跡の場所を教えていただきました。このあたりに平氏の屋敷跡があったと言われています。

良文の子の平忠頼・忠通が住んでいた。
彼らは平氏惣領家の平繁盛(平貞盛の弟)の使節が大般若経を比叡山に送ろうとしたさい、村岡郷で追い返した。
〔今昔物語の良文と箕田(みだ、鴻巣市)の源宛(あつる・渡辺綱の父)との記載や子孫の動向から、地元びいきもあり熊谷説を採りたい。)〕

高雲寺  埼玉県熊谷市村岡396 地図

 

妙見菩薩資料集の内「別冊 妙見菩薩 平将門関連」の一部 link

 

村岡集会所の案内板

一昨年?行った時の写真がパソコンが壊れたため、他に保存していた一部を除いて無くなっていました。

村岡集会所にもよれば良かったと、後悔しています。

 

河津桜が綺麗でした。

 

上岡観音 馬頭観音の妙安寺 東松山市

高校の時、東松山駅から熊谷にクラブ活動で行ったときだったと思います。バスの窓から「馬頭観音」の看板がありました。初めてお参りしたのは、大学の頃だったと思います。

上岡観音 馬頭観音お姿

 

上岡観音として知られており、毎年2月19日縁日は絵馬市がたち、競馬、乗馬、運輸関係者が多く参列するようです。

祭礼には実際に馬もいるようです。  上岡観音祭礼YouTube

 

沢山の馬頭観音石仏が一ヶ所に集められていました。

 

三十三観音

 

こちらが妙安寺の本堂です。

 

こちらの白木蓮はこれからが見頃です。

 

上岡観音妙安寺 埼玉県東松山市岡1729 地図

光福寺と宝篋印塔 東松山市

国道407を走っていると「国指定文化財 宝篋印塔」の表示板がありました。

戻って見学に行くことにしました。

 

宝篋印塔と板石塔婆が頑丈な収蔵庫に保存されていました。

青石塔婆には阿弥陀三尊が宣告されています。

この塔は元亨3(1323)年に藤原光貞と比丘尼妙明の供養のために建立したのですが、二人がどのような人だったかは、分からないようです。

 

本堂と墓の間には土盛りがあり、上に如意輪観音などの石仏が祀られてありました。古墳のようにも見えますが、分かりませんでした。

 

収蔵庫の南側に石仏が集められていました。

六面の塔が、なかなか立派な姿をしていましたが、おそらく六観音と思います。

 

ハクモクレンがもう少しで盛りになるところでした。

松山神社 東松山市

以前行ったような気がしていましたが、カーナビで調べた場所とは異なるような気がしていました。

しかし、市の公園になっている池を見た途端、記憶が少し戻ってきました。

高校の頃、オートバイで行った神社でした。康平6年(1063)に大宮氷川神社を勧請し、寛永元年にも熊野神社を祀ったそうです。

松山宿の総鎮守でしたので、東松山では一番の格式がありました。

祭神は素戔嗚尊と伊邪那美命です。

車を駐めるには、神社の西側(裏)から入ります。

分かりづらいと思います。

大鳥神社と浅間神社が本社の左側にあります。

大鳥神社の祭礼「おとり様」の時が、一番賑わいがあるそうです。

神楽殿は屋根が修復されていません。

経済的に箭弓神社と同じ東松山にありながら差があるようです。もっとお参りがいると思っていましたが、私1人だけでした。

各地の神社は、お寺以上に苦労しているようです。

桜の頃が見頃だと思います。

 

上沼公園は、神社のすぐ東側に位置します。

何人かが散策していました。

やはりここも桜の頃来たいですが、駐車場が少ないので、市内の人には良い場所でしょう。

カルガモが二羽泳いでいます。

 

紅梅

境内の紅梅が、今からが見頃です。

例年は彼岸頃が一番です。

 

 

まだ蕾が沢山ありますので、しばらくは楽しませてくれるでしょう

 

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