2020年06月

大塚八幡神社 埼玉県小川町

以前、近くの大梅寺に参拝致しましたが、八幡神社には寄りませんでした。

今回は狛犬ならぬ狛鳩があると書かれていましたので、急遽参拝です。

 

大梅寺の近くから、八幡神社の参道となっており、神社東側には大きな鳥居があります。

 

 

かなり広い境内の神社でした。

 

 

鎌倉幕府最後の将軍である守邦親王が、ここに仮寓したと伝えられているようです。

史実であるかは、明らかではありません。 守邦親王wikipedia リンク

 

参道には二組の立派な狛犬が守ってます。社殿前の狛犬が一番古い狛犬です。

その前に今回目的の狛鳩がいました。昭和2年10月の建立です。

 

 

鳩は八幡神の神使なのだそうです。初めて見る狛鳩でした。

 

 

大きな御神木の脇に松尾芭蕉の句碑がありました。

 

 

「はるもやゝ  気色とゝのふ  月と梅」 芭蕉による元禄6(1694)年の句碑です。

 

漢詩の碑は弘化2年とありました。

 

 

 

八幡神社 埼玉県比企郡小川町大塚427  地図

 

←日本一大きな板碑 野上下郷石塔婆 埼玉県長瀞町                 福正寺 勢至堂と板碑 埼玉県滑川町           

 

日本一大きな板碑 野上下郷板石塔婆 青石塔婆 埼玉県長瀞町

埼玉県には板碑が、全国多い地区です。

その中で日本一大きいのが、ここの野上下郷石塔婆です。かつては板石塔婆とか青石塔婆とも言われていたと思います。

 

 

私の生まれた鶴ヶ島には、埼玉県でありながら有力な一族がいなかったためか、見たような気もしますが記憶にありません。

父が教師をしており、郷土史もしていましたので、青石塔婆と話していました。

 

初めてここに来たのは50年ほど前だったと思います。

ここの看板にも青石塔婆となっています。

 

 

約5メートルですから、確かに大きいです。

 

 

上に梵字「ハク(釈迦如来)」と光明真言、下段に「願以此功徳、普及於一切、我等与衆生、皆共成仏道」と「権小僧都□□、道観、大檀那、行阿、比丘尼妙円、正家、正吉、結衆三十五人、道観、敬白」、応安2(1369)年10月とあるようです。

 

 

この板碑は、仲山城主・阿仁和直のために、婦人の妙円尼により建立されました。

調べると複雑な歴史があるようです。

 

完存品として日本最古の板碑 真光寺ブログlink

 

 

野上下郷石塔婆  埼玉県秩父郡長瀞町大字野上下郷 地図

 

←伝蔵院 宝篋印陀羅尼板碑 埼玉県長瀞町                  大塚八幡神社 埼玉県小川町→

 

真言宗智山派 伝蔵院 宝篋印陀羅尼板碑 石仏 埼玉県寄居町金尾

伝蔵院は金尾氏の館跡です。裏の金尾要害山は後北条氏の支配する鉢形城の支城だったようです。

 

ここも秩父事件の集合地だったのですね。

宝篋印陀羅尼の板碑が、他にあるのだそうですが、検索しても見つかりません。

 

 

上部に梵字オン・ア・ビラ・ウン・ケンの周りに、光明真言が彫られています。

光明真言供養塔の一つです。

 

 

下段は一切如来心秘密全身舎利宝篋印陀羅尼経(宝篋印陀羅尼)が彫られています。

 

 

この陀羅尼が彫られている板碑は、初めて見ました。

文化15(1818)年(文政元年)の建立です。

 

 

庚申塔も立派です。

 

琵琶弁財天

 

本堂裏に向かうと、歴代住職の墓がありました。

 

 

 

 

 

こちらも光明真言供養塔と思います。

 

 

さらに裏に行けば、金尾要害山城に出られます。整備されており、見晴らしが良さそうですが、かなり登るようですので軟弱な私はパスしました。

金尾山つつじ公園となっており、駐車場もありましたが、駐まっている車はありませんでした。途中、なにかあっても人がいなかった可能性があります。

 

伝蔵院 埼玉県大里郡寄居町大字金尾216 地図

 

←白鬚神社 寄居町金尾                日本一大きな板碑 埼玉県長瀞町→

 

白鬚神社 埼玉県寄居町金尾

新編武蔵野風土記によると、江戸時代には妙見菩薩が祀られていたとありました。

次に行く伝蔵院の神社でした。

私が調べている妙見菩薩の関係で、一度お参りに来ているのですが、資料に入れるのを忘れていました。妙見菩薩資料集リンク

 

 

神社参道より見る「新寄居橋」

 

昭和22年に寄居橋が架けられるまで、「殿倉の渡し」がありました。

さらに昭和61年、現在の吊り橋が完成致しました。

 

 

境内社の中には、妙見社はありません。

伝蔵院に祀られているのかも知れないと思ったのですが、確認できません。

 

 

伝蔵院は金尾氏の館跡で、城山が後ろに控えていました。

この地は、地域の産業を支えると交通の要衝として、また北条氏の重要な場所だったのでしょう。

 

白鬚神社 埼玉県寄居町金尾255-1 地図

 

姥宮神社 埼玉県寄居町               伝蔵院 宝篋印陀羅尼板碑 寄居町金尾→

姥宮神社 埼玉県寄居町

姥宮神社と書いて(とめみやじんじゃ)と読むそうです。

変わった狛犬を祀る寺社を探していました。狛蛙が祀られています。寄居町などの他の寺社と共にお参りすることに致しました。

 

 

石凝姥神(いしこりどめのみこと)が祭神です。八咫鏡を作った神さまなのだそうです。

境内は杉のご神木も含めて、大事に維持管理されていました。

お社には、優れた彫刻が施されています。

 

狛蛙

 

 

平成5年に納められた狛カエルです。

どのようないわれがあるのか書かれていませんでした。

 

狛蛙

 

境内のアチコチに岩があります。

裏に回ると胎内潜りのできる場所がありました。

 

 

体が硬いので心配しましたが、這いながら進みました。雨の時は無理です。

 

 

やっと出ることができました。

 

 

すぐ近くが風布館(ひっぷ)です。営業中の旗がありましたが、新型コロナウイルスなのか、お休みとなっていました。

埼玉県大里郡寄居町大字風布74

 

姥宮神社 埼玉県大里郡寄居町大字風布125 地図

 

←クチナシの花               白鬚神社 埼玉県長瀞町金尾

 

クチナシの花

阿弥陀堂入り口のクチナシが咲いています。

あまり良い場所ではありませんが、移植する場所がありません。

 

雄しべめしべを見て、クモがいると言った子供がいました。

 

 

マダマダ咲き続けます。

 

 

以前は離れた場所から甘い香りを楽しむことができましたが、入院以来近づかないとあまり感じません。

前に比べるとズッと香を感じるようになっていますが、残念な気持ちでいます。

 

新型コロナウイルスの影響ではありません。たぶん !

 

すぐ側にトカゲがいました。

 

 

シャッターチャンスがあればと思っていたのですが、やっと撮ることができました。

 

←コロナで破綻した会社がありました                  姥宮神社 埼玉県寄居町→

 

コロナで破綻した会社がありました 元檀家の勤務先

いまから10年程前、ある檀家さんが亡くなりました。

しかし私が葬儀を行わず、葬儀社紹介の僧侶が執り行うことになったことがあります。

喪主が相談に来ると、やたらと昔の組合員風な口調でした。

寺は檀家から搾取していると、暗に言っています。

当寺はまだしも寺院は大変な時代を迎えているのです。これからどれだけ廃寺になるか見当つきません。

 

その家は墓の工事をしていませんでした。

墓地の工事費も高すぎると言っています。ネットでは「‥‥‥」。結局墓を返していただきました。

 

後日、伯母さんが来られて笑っていました。49日忌に某霊園の墓に納骨したのですが、お骨が二人分しか入らない墓だったそうです。

身内でありながら笑われてしまった甥に、他の親戚もあきれ果てたようです。安い墓を見つけたと言っていたそうです。

 

その人の会社は、労働争議で破綻寸前になり、他の企業が救済しています。

数十年の間、経営も安定したように見えましたが、記事によるとジリ貧が続いていたようです。この新型コロナには、手も足も出なかったようです。

親会社は見捨てました。

おそらく定年で退職しているでしょう。退職金がもらえただけでも良かったと思いますが、後輩達が気の毒と思っているでしょうか。

 

←香林寺 馬頭観音石仏 埼玉県東松山市                クチナシの花→

 

曹洞宗 香林寺 馬頭観音石仏 石橋供養塔 埼玉県東松山市

阿弥陀一尊の板碑と馬頭観音石仏があると書かれていましたので、お参り致しました。

見落としたのか阿弥陀さまは分かりませんでした。

 

 

正面脇に駐車場がありましたが、三台がやっでした。他にあるのかもしれません。

参道の景観は趣があります。

 

 

馬頭観音さま石仏は観音堂脇に如意輪観音さまと並んで祀られています。

 

馬頭観音  如意輪観音

 

馬頭観音

 

御本堂脇に板碑が祀られていましたが、摩耗しており確認できませんでした。

 

 

板碑などの反対側に石橋供養塔がありました。

 

石橋供養塔 安永三年(1774)四月建立

 

急に雨が降り出しましたので、阿弥陀一尊板碑は後日に致します。

 

追記 2021/10/11

たぶん聖観音と思います。

 

 

香林寺 東松山市宮鼻144  地図

 

←愛染堂 埼玉県熊谷市               コロナで破綻

 

愛染堂 埼玉県熊谷市

ここに愛染明王さまが祀られているのは知っていましたが、参拝がのびのびになっていました。

グーグル地図で調べると、かなり建物が崩れているのを確認できました。

平成28年に修復が終わり、ご開帳の時には参拝しようと思っていましたが、寺の用がありましたので参拝を諦めました。

当日はかなりの人出であったようで、臨時駐車時用が用意されたようですが、車で行くには無理があったようです。

 

 

御本尊の愛染明王さまは、台座をあわせると2.42mもあるようです。

 

 

当寺の愛染明王さまより、遙か大きな御尊像です。

 

 

 

この額は富岡製糸初代工場長・尾高惇忠(渋沢平九郎の兄・渋沢栄一の従兄弟)記しています。

熊谷市の星渓園に展示されていました。星渓園ブログlink

 

 

かつての養蚕盛んな時代は、多くの参拝者で賑わったのでしょう。

愛染明王の愛染(あいぞめ)に因み、繊維業者も多く参拝しました。現在のように恋愛成就ではなかったと思います。

富岡製糸場長・尾高惇忠や渋沢栄一の親族名が記されているだけでも、大事なお寺であったことが分かります。

 

 

色が赤くなっているところが、とくにひどく崩れて修復された部分です。

 

 

いつも熊谷市を調べると、検索で必ず上位に出るのが、見栄子さんのブログです。熊谷愛が詰まっています。

リンクが禁止されていますので、「熊谷市 愛染堂 見栄子」で検索してください。

 

境内の一角には三島伊豆神社が祀られています。

 

 

愛染堂 埼玉県熊谷市下川上33 地図

 

※当寺(円泉寺)にも愛染明王が祀られています。ブログlink

 

 

←光照寺 十王石仏 埼玉県熊谷市                  香林寺 馬頭観音石仏 埼玉県東松山市→

 

天台宗 光照寺 閻魔十王と薬師如来などの石仏 埼玉県熊谷市

光照寺は私のカーナビでは掲載されていませんでした。近くの番地に設定して、無事到着です。

医王山瑠璃院とあるように、御本尊は薬師如来さまです。

かなり古い歴史のある寺院のようです。

 

 

住職の住まない寺ですので、何か寂しげな雰囲気がします。

 

 

御本堂の向かって右側に御堂があったようですが、取り壊されたようです。

十王石仏は、この六地蔵さまの左脇にあると書かれていましたが、ありませんでした。

 

 

六地蔵さま右脇のには、他の石仏が祀られています。

 

薬師如来さま石仏は、十三仏の石仏を祀っている寺院でしか、見たことはありません。

薬師如来

 

如意輪観音

 

右は梵字キリーク(阿弥陀如来)板碑

 

 

立派な宝篋印塔塔がありました。

 

 

墓地の方に向かうと、菩提樹の根本に十王石仏は移されていました。

 

 

上段に閻魔さま。中段下段に五体づつ十王さまが彫られています。

 

上段 閻魔像

元禄8(1695)年 2月13日の建立です。

 

 

光照寺  埼玉県熊谷市今井884  地図

 

※西光院の閻魔・奪衣婆 熊谷市上須賀のブログ リンク

 

←玉洞院 埼玉県熊谷市妻沼               愛染堂 埼玉県熊谷市→

 

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